書の歴史22/明時代の書(1)

北方の異民族国家である元王朝から、
純漢民族の統一国家である明朝への変換は政治上は大変革であったが、
文化上はそれ程の大変革は無かった。
中国本来の伝統の復興を目指したのが元王朝の基本政策であり、
明王朝の目指した路線と同じものであったからである。
明中期に入り、文徴明、祝允明の出現によって、
書界に新しい機運が盛り上がった。
二人とも蘇州(呉中)の出身であるが、
当時の蘇州は経済発展が著しく、隆盛を極めていた。
このような時代背景も見逃せない。
二人は王羲之に遡り、習得した後に、
黄庭堅や蘇軾を取り入れたと言う。


張弼
天真爛漫な性格で酒に酔うと狂草を良く書したという。
残されている筆跡は稀だが、当時は著名な書き手だったらしい。

蘇軾書李太白仙詩跋(1483)
蘇軾の李太白仙詩巻に添えた行書の跋である。

此東坡書李太白詩 金相蔡松年 跋之詳矣



陳戲章(1428-1500)
号は白沙。
明王朝の著名な思想家として名を残している。

詩巻
書の常道を脱した書であるが、
瓢悦さ面白さを感じさせる。

笑倚長松詠晩臺 三三五五共無懐



李東陽
明代の詩人として知られている。

詩巻(1496)
自作の詩

元戎大開寶絵堂 紫錦薦几霞幅張



呉寛
蘇軾の字を学び自得したとされる。
如何にも謹厳実直な人物だったらしい書だ。

詩稿(1502)


沈周(1427-1509)
明中期の文人画かとして知られる。
富豪の生まれであり別宅を設け晴耕雨読の生活を生涯を送り、
文人名士の来訪が絶えなかったと言う。

生朝自遺詩巻(1505)
沈周最晩年の作とは思えない気迫に富んでいる。


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紙映明窓奈暖何 觸物便須随点染 観生還複費吟哦 這般醜拙難拈出 聊自家中道睡魔



祝允明(1460-1526)
生まれた時から指が一本多かったと言われている。
稀代の放蕩児であったらしい。
中年に至るまで酒を愛し放縦な生活で過ごし知事の要職を得たのは55歳であった。
しかし、翌年には退職し隠遁生活に入る。
呉中の4才子の一人に数えられ、小楷では明代随一とされた。
行草に於いても優れた作品を残している。


赤壁賦
祝允明はいろいろな書体で書いた赤壁賦を残している、
それ程に蘇軾を愛し、蘇軾の書を好んだのであろう、
彼の草書には三つの書風が見られる。
その一つが、この赤壁賦の如き秀麗華麗な普通の草書である。

赤壁賦 壬戌之秋七月既望 蘇子與客汎舟 遊於赤壁之下 清風



和陶淵明飲酒二十首
前書と対照的に奔放な狂草の例がこの書である。
真偽に付いては議論が有る。

大道無迷律提壷挂舟旁還載漉酒巾何必訪巣許今古皆斯人


王守仁(1472-1528)
号は陽明、陽明学の祖である。
中国哲学史上の哲人で有るが、儒家、思想家としてばかりでなく、
文才にも秀で、軍務に於いても非凡であった。

家書
陽明が病に伏した折り嫡子に宛てた諸事訓戒の手紙である。
研ぎ澄まされた人格が覗われる書だ。

即日舟己過厳灘 足瘡尚未癒 然亦漸軽減矣 家中事




文徴明(1470-1559)
祝允明と対照的に謹厳実直な人物として知られる。
呉中の4才子の一人とされていたが、
その実直ガリ勉の彼だけが進士に合格出来なかったのは不可思議だ
後に、。
才学人徳を望まれ官職に就いたが直ぐに辞して神仙の如き隠遁生活に入った。
その後30有余年、蘇州の文化人達と厚く交流し、
その中心人物として存在感を示した。


遊天池詩(1538)
天池に遊んだ時に作った詩を後年書にした。
 天池とは蘇州の近くの華山の上に有る池の事である。
この書は黄庭堅に似せて書いたものだが、
黄庭堅の書よりもよりよいと言う。



赤壁賦 
76歳の作、
黄庭堅に比して鋭さに劣るような気がする。


赤壁賦 壬戌之秋七月既望 蘇子與客汎舟 遊於赤壁之下 清風


赤壁賦(1558)
彼の没する5年前の作、八十有四年の作だ。
これを見たら前言を覆せねばならない。
文徴明は幾度と無く赤壁賦を書いたらしいが、
このやや行書掛かった楷書の赤壁賦が彼の最高傑作とされる。
この自由闊達さ、切れ味の鋭さは真似が出来ない。
 



陶淵明飲酒二十首
85歳の作。
もはや老境、自由自在に筆を操っている。

結廬在人境 而無車馬喧 問君何能璽 心遠地自偏

唐寅(1470-1523)
呉中の四才子と言われ、文才、奇才の名を恣にした。

餞彦九郎還日本詩(1512)
彦九郎なる人物は定かでない。
堺辺りの貿易商人では無いかとの説がある。



 陳淳
文徴明に学び、書画詩文に通じた。

千字文(1535)
自由奔放で変化に富み、かつ、芯のしっかりした書だ。


天地玄黄宇宙洪水日月盈昃



王寵
文徴明を継いだ人物と言われている。

詩巻(1529)
眺めているだけで、ゆったりとした気分になる書だ。



文彭
文徴明の子。
父ほどの熱気は無いが妙味が有るとされている。

詩巻(1562)
何処と無く味の有る字だ。

六月不堪城市暑避喧聊復虎



文嘉

文徴明の子で文彭の弟。
父、兄に比してスケールに欠けると言われる。

尺牘(1555)
癖の有る書だ。

少原世契先生侍史別不勝懐



黄姫水

尺牘
上品にして古風な書風からして、晋唐の書を相当に習ったのであろう事が推測される。

諸公詩草昨附使先帰兄豈未之省耶



引用文献
講談社刊:古筆から現代書道まで墨美の鑑賞
東京書道研究院刊:書の歴史
芸術新聞社刊:中国書道史
木耳社刊:中国書道史(上卷)(下巻)
二玄社刊:中国法書選
芸術新聞社刊:中国書道史の旅
大修館書店刊:漢字の歴史
平凡社刊:字統
平凡社刊:名筆百選
講談社刊:古代中国
創元社:書道入門
平凡社:書道全集第8巻、第10巻
講談社:現代書道全集
二玄社:書の宇宙


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