濾沽湖記1

 朝、邵に起こされる、彼は既にネクタイ姿だ。
 6人乗りのマイクロバス、相客は二組の中国人夫婦、一組は小学低学年位の子供連れだ。

 いよいよ夢にまで見た濾沽湖へ出発。 古代の風習、母系家族制度が残っている摩梭人達の生活、
その一端でも垣間見れればと胸が踊る。
 残念ながら唯一の摩梭人の友人である曹建蔚(中甸記、昆明記1、2参照)は現在中甸を離れられない。
 昨日建蔚に電話したら、
「向こうへ着いたら電話して」
と言われている。

 出掛けに邵が、
「工事中のところが多いから、こうだよ」
と上下に揺れる仕種をする。
 とは聞いていたものの凄い。
半分は工事中の道、ゴロゴロ転がる岩石や工夫達の間を縫って車は上下左右に揺れ動く。
 車が突然バックし始めた、工夫達が前から駆けて来る。 と、
「バァーン」
目の前で発破だ、
工夫達が道の両脇に押しやる今崩れ落ちたばかりの岩石を中をスレスレに身を捩りながら走り抜ける。

 3時間もそんな道をひたすらに走り続ける。
 大きな峠、1000mも有る谷底へつづら折に下りてまた上がる、
そんな峠を二つ越えてニンラン、昼食が美味しい。
民族衣装の娘さん達、皆スラリとして目鼻立ちも整っている、摩梭の娘さん達らしい。

 まだ半分しか来ていない。
途中で何回か車が繋がる、
岩石を一杯に詰み込んだ耕運機のような車が道の真中で唸っているのだ。
 また幾つか峠を越える。
 谷の向こうに綺麗な千枚田が現われる、車の揺れと席の関係で写真が撮れない、残念。
 最後の峠を越えると、乗客達から歓声が上がる。 
 濾沽湖だ、濾沽湖が眼下に輝いている。 
思っていたよりも大きいぞ、白樺湖か蓼科湖位と予想したが、
諏訪湖か十和田湖の真ん中に半島が迫り出した、そんな感じだ。



 三階建てのホテルのような民宿、案内された部屋の窓の下は紺碧に澄み渡った濾沽湖、物音一つ無い。
 先ずビールを飲んで、一休みして中甸の建蔚に電話、と言ってもカタコトの中国語と英語、
「兄が会いに行きます」
建蔚の明るい声が電話口の向こうで響く、相変わらず早口だ。

 夕食を食べていると建蔚の兄が訪ねて来た。
 妹に似て涼しいマナジリ、潤んだ瞳、彫の深い目鼻、贅肉の無い長身、映画俳優にでもしたいようだ、
「明朝、8時半に迎えに来ます」
明日午前中は船で島に渡る事になっているので12時に変更。

 したたか飲んで食後、摩梭人の民族踊りを見物、何処から出て来たかと思うほど人が多い。
折りから降り出した雨の中で民族衣装に身を固めた男女の踊りが繰り広げられる。
闇の中の焚き火を中心に動きの激しい大きな踊りだ。


 酔いでフラフラしながら必死で写真を撮っていると、突然、
「私が傘をさしてあげますから」
と日本語で話し掛けられる、見ると、凄い美人。お言葉に甘えて写真を取り捲る。
日本人?と思ったら彼女は長沙の人、明日は帰るのだそうだ。友達にして良い人と直感的に思う。

 残念ながらe−mailアドレスは無いそうだ。
 少し話し始める、と、摩梭人達の踊りが終って、今度は客達が輪になって踊り始めた。
「私も踊って来ます」
と踊りの輪に入って行った。踊りの輪が踊り狂うに変わって行く。
輪の中の彼女を何度か垣間見たが、何しろ多い人だ、何時しか人込と闇の中に消えて行った。
 酔いの妄想? いや、写真がちゃんと残っていた。
もっとも、写真で見ると、あの時の凄さほどの事はないが。

濾沽湖記4
 早朝、湖畔を散歩、今釣り上げたばかりの小魚がピチピチと跳ねる。


 摩梭人の木舟、一本の木をくり貫いて造る独特な舟だ。
 摩梭人の信仰の中心である獅子山は中腹から半分が雲に隠れ益々神秘さを醸し出す。

 湖の中央に、丁度舌の様に半島が尖って張り出し、その先端に雨垂れの様にポツリと里務比島が連なる。
その島まで摩梭の木舟で渡るのが濾沽湖の第一の観光コースだ。
澄み切った静かな水面、手漕ぎの櫂の音だけしか無い。 
島にあがるとチベット教の寺院、躑躅の一種だろうか、紫の花が島一面に咲き乱れる。
 島の裏側に出ると、文字通り紺碧の水面に半島が影を落とす、暫くうっとりと島影を眺める。

旅人にとって恍惚とはこんな時の為に有る言葉だろう。
 海抜2800mの湖。
「ついにここまでやってきたんだ」
感慨を新たにする。

 島から対岸を見渡すと、ある一角だけに民宿、土産物屋などが集中し、
後は豆粒ほどの村落がポツリポツリと点在する。 
その一角から、摩梭民族衣装の娘さんが漕ぐ小舟が点、点...と島まで連なる。

続く




 
   
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