京都記1 祇園 「か・さ・を・どぉぞ」

久しぶりに訪れた京都、数え切れないほどの京都だが、
別に穴場がある訳でも探す訳でもない。
今回も、哲学の道、鞍馬貴船、嵯峨野あたり、ありふれた京都だ。
天気に恵まれれば大覚寺の名月鑑賞が出来るかもしれない。

駅前の宿で一呼吸おいて、四条河原町へ出る。
今の京都は地下鉄が走っている。
四条烏丸から四条大橋まで一気に歩く。
橋に上から賀茂川を覗く、
暗雲が立ち込め、今にも夕立の気配の中で、
川床を始末する男達が気忙しく立ち動いている。
川辺のカップル達は動こうともしない。
この川辺には想い出がある。
もうウン十年前になるだろうか、
この川辺に車を止めて一週間も野宿をしたことがある。
この話は後に譲ろう。

そんな想いに耽っているとパラパラと来た、秋雨にしては大粒だ。
娘にお土産を頼まれた「よーじや」を探す、
若い女の子が目の色を変えて買い漁っている。
女子達にとって有名なお店らしい。
立派な包装袋だ。

 

雨を避け避け四条通りを引き返す。
雨宿りしながら一寸落ち着ける居酒屋でも探そう、
と思った瞬間、居酒屋の看板を胸に抱いた素人っぽい女性と目が合った。
声を掛けると、案内のビラを手渡される。

京のおばんざい
ぶぶづけの店
おくむら

とある、手書きの様な素朴なビラだ。
「直ぐ其処です」
歩き掛けると後ろから声が掛かる。
「か・さ・を・どぉぞ」
おだやかな京都弁だ。
振り返ると、その女性が顔を崩して傘を差し出している。
その一言で寄る気になった。

階段を下りると目の前に「おくむら」の看板、
おずおずと引き戸を開く。
10人くらいで一杯になる広さだ。



板台の上にいろいろなおばんざいが大きなお皿に盛られている。
板台の向こうで、中年の女性が二人でオタオタと立ち働いている。
祇園の真ん中で田舎屋の台所に入ったような感じだ。
おばんざいと言うのは始めて見た、京都の手料理、家庭料理のようだ。

戸が開いて小股の切れ上がった女が入って来た。
そのまま、すくっと板台の向こうに立った。
「直ぐおわかりどぉしたか?」
さっきの「か・さ・を・どぉぞ」の女性だ。



此処のママさんなのだ、ママさん直々の客の呼び込みとは恐れ入った。
ママさんが入ると店の雰囲気ががらりと変わった。
客も立て込んできた。
若い女性達はおばんざいだけが目当てらしい。
燗酒が美味い。



数人の女性達が「さあ」とか言って立ち上がる。
腹ごしらえをしてこれからが本番なのだろう。
入れ替わりに中年の渋の利いた好い男が入って来た。



話し好きで盛んに話しかけてくる。
舞妓さんの写真を撮りたい、と言うと祇園の裏話を話し出した。
粋筋に身を置いてるらしい。
と、その内に唸りだした、都都逸というのか、端唄というのか。
よく通る声で味がある。
ご親切にも紙に書いてくれた。

朝顔は馬鹿な花だよ根も無い竹に命絡めて絡みつく
あの時あなたに会いさえしなきゃこんな苦労は味知らず
蛸に骨なし海鼠に目無し惚れたあんたに金はなし吸うて吸はれぬ巻煙草

彼は名詞の様な物をテーブルの上に並べ始めた。



舞妓さんの名詞?千社札の様だ、ラベルのように貼り付けられるようになっている。
何時手渡されたのか定かでないがその何枚かが私の手元にある。
何時しか酔眼朦朧だった私には、何故、どのような切っ掛けで、
彼が斯様なものを広げ出したのか、そして、私に手渡したのか思い出せない。

いずれにしても、京都第一日目から京都らしい歓待をまともに受けたものだ。

つづく

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鞍馬・貴船京都記5:西本願寺から嵯峨野2、祇園2




熟年の一人旅(日本編)



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