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安曇野 碌山美術館 同級生が何人か集まって旅する旅も、京都、奈良、宮島、房総の寺々、、 もう数えられないくらになった。 それも未だ数年前からのことだ。 癌に掛かった共通の友人が招集したその友人自身へのお見舞会が切っ掛けだった。 その翌年その友人は天国に召されたがその死が卒業以来疎遠になり離ればなれになっていた心を引き寄せた、 とまあこんなところだ。 そんなことで年に何回か一緒に旅をするグループが出来た。 今回は先だっての台風で床下浸水の被害が有ったり、抜けられない事情が有ったりして参加者は5名。 雄弁家が揃っているので少しも寂しくない。 東京出発、一路松本経由で穂高へ。 穂高は土砂降りに近い雨、 「ホテルへ行って飲みながらお喋りしよう」 との提案も有ったが、ものの500Mと知って雨の中を碌山美術館へ。 元々、行き当たりばったりの計画だ。 碌山、知ってたつもりだけど誰だっけ? 相馬黒光、と聞いて思い出した。 あの碌山だ。 もっとも私は碌山よりも相馬黒光、彼女に魅力を感じ興味を抱いていた。 http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2010/1017/ http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/souma.html この美術館はそこはかとなく安曇野に溶け込んでいる、馴染んでいる。 碌山の作品も見直した。 特に、デスペア、文覚、女、息を飲む。 デスペア、 恩師の妻である黒光へのひたむきな熱烈な屈折した愛を現したのだろうか。 決して相容れなかった黒光がモデルとも言われている。 文覚、 遠藤盛遠と袈裟御前の逸話に自分を見ての文覚だったのだろうか。 チョットしたハプニング、 碌山美術館には幾つかの建物が有る。 二つ目の建物を出ようとしたら傘が無い。 土砂降りに近い。 明日から三日間のことを考えたら集中出来なくなった。 人間の神経とはお粗末なものだ。 幾つかの建物を廻ったが気もそぞろ。 念の為に最初の建物に行ってみたら、其処に傘が有った。 誰かが間違えて持ち出し気が付いて戻してくれたのだろう。 「誰かに持ち去られた」と言う気持ちが安らいだ。 気持ちを取り直して館内を二度も廻ってしまった。 穂高駅の途中にこんなのが。 ^ 美味しい信濃の酒とつまみ、 元自衛隊司令官、元大学教授、隠居しつつ有る農業経営者、元技術者、 分野の違う老人達の話は尽きない。 安曇野は秋がよろしい。 安曇野 碌山美術館 終 |