近江記2

高月観音堂

今回、湖北観音巡りをするに当たり、
湖北の高月町、木之本町、余呉町、西浅井町の各観光協会に事前問い合わせをした。
それぞれの観光協会にはご丁寧に対応して戴きました。
それで有り難かったのは、観音様の殆どが拝観要予約だと言う事を知った事だ。
予約の相手先の電話番号を整理してメールしてくれた観光協会もあった。

それぞれの電話番号を調べて事前に電話したが、結局、
それぞれ、拝観する日にもう一度電話する事になっていた。
何故、予約が必要かも直ぐ判った。

早速、第一番目の観音様、高月観音堂に電話すると男性が出た。
「先だってお電話いただいた方ですね、ハイ、承知しました、これから開けます」
との事。
山麓か山中を予想していた先入観と全く違った立地に高月観音堂が有った。
言ってみれば、野中の真ん中だ。
そんな事で道に迷って、やや時間が遅れて着いた中振りのお寺が大円寺、



その境内の一つのお堂のようなところに中年の男性が笑顔で立っていた。
「安房守さんですね」
「はい、そうです」
男性はお堂の鍵を外し扉を開いた。
無住のお寺なのだ。
拝観者が来る度に誰か(町で何人かの世話人が決められている)が案内するのだ。
だから、予約が必須なのだ。

念の為に尋ねてみた。
「写真は撮ってもよろしいのでしょうか」
「どうぞどうぞ」
聞いて見るものだ。



千本の手と千の眼を以ってその慈悲の深さは無限と言う。
今更ながら、私は自分自身を極々俗人と思う。
観音様を前にして、拝観したとは思うが拝したとは思わない。
そうかといって、友人筋に、
ゲシュタルト知覚に関連付けて美と感性の心理研究を終生の生甲斐としている人が居るが、
私の場合は、
そんなのとは程遠い幼稚な「あれ観たい、これ観たい」だけの少女趣味に近い。



何か落ち着かない。
当然、写真は撮らせて貰えないものと思い込んでいたのが、
「どうぞ」と云われて夢中でシャッターを切る。
写真を撮り終わると、「終った!」と云う気になってしまう。
そんなシャッター音が空しくなる。

足元が気になった。



此処は、かっては12の僧坊を持つ大寺であったが、
賎ヶ岳の合戦時に本堂、伽藍の全てが焼失した。
その戦火の折、本尊の十一面千手観音像は、
兵火からのがれて岩上に立ち村人を火災から守った。
そんな謂れから、「火除けの観音さま」として今でも村民に愛されている。
本尊は伝教大師自作の像と伝えられているが、
その後の研究で、
その構造、技法、表現などから室町時代の作と判定されたらしい。

黒い絵馬がある。



案内人は、「普通は絵馬は白い、黒い絵馬は珍しい」
と言っていたが、
能「絵馬」の話を聞いた事がある。 
晴れを望み白い絵馬を、雨を望み黒い絵馬をと別々の絵馬を持ち込んだ老夫婦、
結局、日も雨もどちらも大切であると両方奉納したとか。
こんな水の豊富そうな地でも、かって、水に悩んだ事が有ったのだろう。


その他にも魅力ある像が並んでいる。







世話人さんのお話の中でこんなお話もあった。
曰く、
「本尊は戦火を避けるたびに何度も地中に埋められ汚れていたので、
明治時代に入り村人が念入りに洗い清めて綺麗にしました。
ところが、
皮肉な事にそれで仏像の価値が下がってしまい町の重要文化財どまりなのです」
だそうだ。
そう言われてみると御本尊は想像していたような黒光りではなく、
白木作りのようだ。
世話人さんの苦笑いに口惜しさが混じる。

文化財の価値は皆目判らないが、
国宝、重要文化財、県重要文化財、町重要文化財の区別はあるのだ。
兎も角も、
次は愈々国宝とのご対面だ。

続く

 

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