第七十六番  金倉寺

 

此処の境内も広々としている。



ここの仁王像も見応えがある。

 

先述したが、日本最初の大師は最澄の伝教大師、
以後、明治までに大師号を送られたのは弘法大師も含めて17人。
その内の5人が実に讃岐の出身なのだ。
その中の一人智証大師は此処で生まれた。
智証大師、幼名円珍の祖父和気道善が建立、
後に、唐から帰国した智証大師が伽藍を整備したと言われている。



此処の鐘楼は実に珍しい。
まず、普通の鐘楼は一段か二段高いところにあるが此処の鐘楼は地面に直接立つ。
そして、建物の高さ、柱の長さが普通ではない。
数々の戦火を避けた時代物らしい。



金倉寺の鐘の音

折角の珍しい鐘なのに録音は巧くいかない。

 

さっき、車の中から自衛隊の駐屯地らしきものが見えた。
乃木将軍が善通寺師団長の時、
このお寺に単身赴任で滞在していた。
或る日、将軍の奥さんが尋ねて来た。
乃木は、
「公務中である」
と会わない。
夫人はこの松の根元で暫く途方に暮れていた、とか。

 

本堂にぶら下がる巨大な念珠、
強く引くと、一つ一つの珠が次々に落ちて来て、
「ストーン、ストーン、パチ、パチ、パチ」
と心地よい音を立てる。
強く引くのはご法度かもしれない。

 

 

この像はいつもの大師像と趣を異にしている。
この像は弘法大師ではなくて智証大師像だった。





予定よりも一つ多く参って香川民宿に戻る。

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