再び、上海

鍵を阿英に預けて、昆明とも暫くお別れだ。
来る度に宿を探すのが億劫で、前回から部屋が借りっ放しになっている。
月に400元の家賃、こちらでの一年分が日本なら一か月分だろう。
それも小さなワンルームマンションってな所が関の山だ。

しかし、こう中国に嵌っていては、初願の世界巡りも怪しくなる。
これで最後、これが最後、もう一回で終わりにしよう、
が、どうなる事やら。
「何故、中国へばかり行くの?」
「中国に良い人が出来たんじゃないの?」
親しい友にも解せないのであろう、
自分でも解せない。

何故、旅に出るのか、しかも一人旅、
先だって、新聞で読んだが、
さる著名な数学者、彼も時々一人旅に出る。
「旅の本質、それは、踊り子を探すこと」
と彼は言う。
「さよならとも言えずに泣いていた、あの踊り子に会いたい」
のだそうだ。
「ほほう」
と読んだ。
見事にイメージを描き切っている。

私の旅にも、何か通じるものがある様な気がする。
もうとうに、名所旧跡には拘っていない。
舞台、背景として名所旧跡が有れば良い。
私の場合、
「なにかいいこと!」
なのだろうが、それが何か自分でも判らない。
いや、既に巡り合って、更に更に、なのかも知れない。
それも判らない。


昆明から上海への機中、
隣席の女性は日本人らしくもあるし、そうでもないらしくもある。



思い切って話掛けてみると、香港の女性だった。
「英語が話せますか?」
と聞かれ、
「少し」
と答えると、機関銃のように英語で喋りだした。
全く判らない。
香港の国際性が頷ける。
自由業、と言っていたが何の自由業かは聞き漏らした。

上海の中心街で腰を下ろす。



久し振りの生ビールが喉を鳴らす。

ワイタンを右手に眺めながら着いた心当たりのある宿で驚いた。
ホテル代がはね上がっている。
以前、と言っても三年前に泊まった時の倍だ。
一番安いシングルに入ると、まるで牢獄如き。
古風な、高い天井の広々としたツインでゆったりする筈が狂った。
此処からは明日乗る船の乗り場まで歩いていける、
そんな距離なのがせめての取り柄だ。

Bさんと待ち合わせた和平賓館まで歩く。
ワイタンが輝いている。





お忙しいBさん、相変わらずお元気そのものだ。
南京東路、3年前の通りが嘘のように変わった。
日本風の居酒屋に案内して下さる。



「この辺りが、四馬路です」
何気なく唄っていた、あの「夢のスマロ」だ。

比較的大きなビルの二階、扉を開くと、
「いらっしゃいませ」
元気のいい声が響き渡る。

一見和風姿の娘さんたちが立ち並ぶ、

 



大きなカウンターを挟んでこちらに客、
「上海でも此処だけなんですよ、こうして一人でも気楽に来れる所は」
成る程、ここなら一人で来ても話し相手になってくれる人が居る。

日本で行き付けの居酒屋を思い出す。
そこのカウンターの向うはぶっちょう面した親父だ。
でも、一人で行っても、横を向きながらでも相手をしてくれる。
こんな形式の飲み屋は中国で初めてだ。

娘さん達の背後の棚には懐かしい日本銘柄の日本酒、
焼酎の瓶がズラリ、一つ一つ名前を読む。
一品料理も、みな、日本風の味付けだ。
急にカミサンの煮っ転がしが恋しくなった。

娘さん達は、皆、日本語を勉強している学生さんだとか。
「ここは日本語も勉強出来るし、お金も貰えるし最高」
まあまあの日本語、客は殆ど日本人だ。
ママさんがご挨拶に来た。
まだ、20代か、スラリとした仲々の美人。



頭も切れそうだ。
「雇われママですよ」
と謙遜する。


表に出てブラリとする。
ネオンが輝き、広々とした通りが万年歩行天国になっている。

 

「ここはおのぼりさんが多いんですよ」
私には、おのぼりさんとの区別がつかない。
「あの橋の上が写真場、記念写真の絶好の撮り場なんです」
遠くに見えたその立橋までの散歩もあっと言う間だ。
成る程、絶好のシツエーション、写真を撮る順番待ちだ。




Bさんと別れてから、ワイタンに沿って歩く。
夜景の美しさが、中国の躍進を物語っている。

 

だがだが、同時に、
雲南の奥で裸足で駆け回っている少年達も思いやられてならない。


翌朝、船着場はごった返している。
大きな荷物を抱えた中国の若者達、
胸に「○○研修生」の札。
これから、日本へ稼ぎに行くのだ。
どの顔にも
「遊びではない」
と書いてある。

さあ、最後の難関、期限切れの居留所で出国出来るか。
平静を装ってパスポートを提出、
うら若い女性の係官、じっとパスポートを見詰めて、
後を振り返る。
やはり、駄目か、覚悟を決める。
出て来た中年の係官がチラッとパスポートを見て、
問題ない、のゼスチャー。
女性はパスポートにパタンと印を押すと笑顔で返してくれた。

船で仲良しになったのは日本の青年と中国の中年。
中国中年は日本に在住、日本語ペラペラ、
多少目付きは悪いが、豪快で屈託ない。
二日目になると打ち解けた話になる。
彼の商売は「セックス産業」
話が面白い、世界中の相場やら事情、
その筋の裏話をコンコンと聞かせてくれた。
流石に、写真を撮るのは控えた。
「中国へ来たら此処を尋ねなさい、格安のチケットが買えるよ」
と名刺を手渡された。

その彼が、日本入国の際、
大きな体を小さくし、極度に緊張していた横顔は印象的だ。



日本青年、
大きな荷物を背負っての旅の工程を聞いて呆れる。
広州から満州、そして上海、それが想像を絶する短期間だ。

大阪港が近づく。

 

旅の目的も萎えて来た。
安易に安易に、旅を弄びだしたようだ。
もう一度、原点に返って、
何故、旅に出るのかを考え直す必要が有るようだ。

おわり

 

 

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