続 麗江記2

彭さんの携帯電話は未だ続いている。
麗江がコースに入った世界博ツアーもあり、麗江の街も人で溢れている。

17階建のホテルの部屋まで案内される。
窓の真向かいに標高5000m級の玉龍雪山が聳える
「お腹が空いたでしょう、直ぐ、食事に行きましょう」
と急かされる。
郊外の如何にも中国風のレストラン、既に14、5人の人達が待っている。

次々に運ばれて来る料理、相変わらずの小食で恐縮してしまう。
知った顔の張さんが現れた。



彼とは、入院の時に何回か夜の付添いをしてくれた、そんな仲だ。
快活で陽気な彼は、私がベッドの中でさえ未だ身動きも出来ない時期に、
大袈裟な手振り身振りで冗談を言っては私を苦しがらせたものだ。
入院して一週間も経っただろうか、少しは快復したものの未だベッドに寝たきりの私に、
「少しくらい飲んだ方が元気でるよ」
なんてビールを飲まされて、それから毎晩病み付きになってしまった記憶が生々しい。

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朝、窓を開け放つと真ん前から玉龍雪山の神秘的な全貌が飛び込んで来る。


(この写真はこちらからお借りしました)

正確な標高は5596m、未踏峰、万年雪を抱く13の峰が連なり、
あたかも龍が大空を飛翻する姿に似ている事から玉龍と言う名が附いたと言う。
ナシ族の聖地なのだ。

あの楊芳が話してくれたナシ族にとって理想卿、死後の世界、
玉龍第三国が有ると言う第三峰はどれなのだろうか。

元々自由恋愛だったナシ族が漢族の支配下になり、自由な恋愛が出来なくなった.。
愛を引き裂かれた男女が、死後の理想卿での永遠の愛を求めて玉龍雪山に入り込む。
支配した貴族の圧政による貧苦も一因のようだ。
恋人達は、御神籤、線香、酒、食料を用意して歌手を雇い、
山中で落ち合い歓楽を尽くす。
宴も終り食料も尽きると二人は更に山奥に入り込む。
心中の方法は、首吊り、阿片、トリカブト等だと言う。
恋人達が心中する前に聞く歌は「遊悲」と言われ、
今でも密かに残り継がれていると言う。
解放前はナシ族の一家族に一人の自殺者がいた、
14人の集団心中の例も有ったと言うから驚かされる。
心中に生き残った場合は悲惨だったらしい、
親族達に生き埋めにされた例も有るらしい。

その楊芳に今夜会える.
入院した午後の枕元で、日本語で
[大丈夫ですか?」
と囁いてくれたのが彼女だ。 彼女は当然ながら中国語が話せる。
その中国語も、中国標準語、麗江方言、昆明方言、ナシ語、ぺー語、
この差は日本語と中国語位有るのでは無いだろうか、
更に日本語、英語がそこそこ出来るのだから...

或る時、楊さんのお母さんがお孫さんを背負って見舞いにみえた。
背中に背負う形は一昔前の日本のお婆さんと同じ姿だ、
真っ黒な肌が、長い間働いて来た事を如実に語る。
背丈は145センチ位だろうか、民族衣装のお母さんは、即ち、ナシ族だ。
それに引き替え、色白の楊さんは164センチ、スラリとしてお母さんより首一つ飛び出る。
グレーのジーンズに黒のセーター、ピンク、白、緑の格子模様のシャツを着こなす現代娘、
聴いてるCDは光ゲンジ。

つづく

 


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