麗江記2

案内書に有る印刻屋を探すと、直ぐ見つかった、
素晴らしい東巴文字の印見本が置いてある。
二十日ほど前だ、
昆明の民俗村で夢にまで見た東巴文字を初めて目にした時は興奮して声も出なかったが、
此処こそ、ナシ族の本拠地、東巴文字の本場なのだ。 



世界中で、現在、ここだけで使われている象形文字だ。
もっとも、使われるのはお祈りとか、
お祭とかに限られているようだが、 字と言うより、絵文字に近い。
白文、朱文の対の篆刻を注文する、当然、東巴文字だ。
夕方には出来上がるとの事だが待ち遠しい。

四方街から網の目のように張り巡らされた石畳の小道を当ても無く歩く。.



 



何処から流れ出すのか、彼方此方にある清い流れ、
苔むした石の橋が嫌が上でも旅情をくすぐる。 
20世紀の始めにここに住み付いた、ロシアの民俗学者が、
「中国にもこんな綺麗な清潔な街がある」
と欧米に紹介してから、欧米の旅行者達に知れ渡った街、
その名を彷彿させる街の景観だ。
石の路からせせらぎに掛かった小さな橋を渡ったところに、
眺めの良さそうな、風通しの良さそうな店が並ぶ。

一旦ホテルに戻り、風呂、一休みしてから、
また、街を歩く、印刻屋はもう閉まっている。
ナシ族の古い音楽を聞かせるところも終ってしまっている。  
まだ、9時なのに、この街の夜は早いらしい。
あわや看板、になりそうだった昼間の店でビールを飲んで昼間のお釣も貰う。
抜けた歯の様に、まだ灯りの点いてる骨董品屋を幾つか物色、
またまた、変わった布が目に付く。
大きな大きな紺地に白い模様が入っている、絞りと言う奴だろう。 
今日の所は我慢、我慢。

ホテルに戻って、一日ツアーの案内を見て気が変わった。
と言うのは、麗江滞在も後一日、
これを最大限に活用すべくシーサンパンナでと同じように、
一日タクシーを借り切って、時間を有効に使おうというが、当初の目論見だったのだが、
シーサンパンナと違って、麗江で観たい所は、
タクシーにしろ、バスにしろ、いずれにしろ一日掛かりだ。

麗江で観たいもの。
麗江壁画として有名な白沙壁画、
庭に咲く樹齢500年の椿を守る為に再建されたといわれる玉峰寺、
ロープウエイで登った雲杉坪と言う麓から玉龍雪山を見上げたい。
そして、長江が急に狭ばり急流となった渓谷、
虎がこの峡谷を飛び越えたという虎跳峡、





更に、長江がV字型に湾曲した頂点で長江第一湾として知られる石鼓、
古くは諸葛孔明が、フビライが、そして長征で賀龍将軍が、
長江渡江に選んだのが此処石鼓だ。
こんな見所の何処を選ぶか、
大理からのバスの中でも、四方街で民族衣装を眺めていた時でも、
頭の片隅で、ゴチャゴチャとしていて、まだどうしたものか決め兼ねていた。
そんな時に目に入ったのが、ホテルのツアー案内の虎飛峡への一日ツアーだった。
カウンターに居た女性の一重瞼の切れの上がった瞳の深さ、
或いは、中国服の割れ目から覗く切れ上がった小股のせいもあったかも判らない。
明日のツアーへの参加を契約してしまった。

それが生死に係わる選択と知ったのは翌日のことだ。

つづく

 

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