湖南2 張谷英村

中国は広い、中国地図を東西半分にした東側、
その約中央下あたりの左から右へ揚子江が流れる。
その揚子江と、北京から香港へ縦に引いた線と交差する辺りに中国第二の湖、洞庭湖がある。
その洞庭湖を含めた南の辺りが湖南省。

岳陽楼で知られる岳陽は洞庭湖の最北に位置し、揚子江がかすめ通り古今からの交通の要所だ。
その岳陽から一歩入ると、昔の中国がある。
明時代の建物、生活がそのまま残っていると言われる張谷英村へ出掛ける。


7時発車の予定が8時にようやく出発。
10時には張谷英村に着くと車掌が言うが当てにならない。
1時間ほど高速道路の様な道を快適に走る。
これは案外車掌の言う通りかな、と思う間もなく猛烈な悪路に入る。
1時間ほど腸捻転と争う。
やがて更に田舎道、運ちゃんは空中ダイビングを楽しんでいるようだ。
頭が天井に付きそうになる何回目かに客が総立ちになる。
余りの衝撃に一人のお母さんが赤子を取り落としたらしい、客が運ちゃんに怒鳴る。
一旦止ったが、
「なーに?」
という顔付きの運ちゃんが振りかえる、又直ぐに車が走り出す。

一分も動くと、車が大きく前後に揺れて停まってしまった、と同時に
「バーン」
と鋭い爆発音、バックファイヤーのようだ。
ピストル音とでも思ったのか客が一斉に騒ぎ出す、中には窓から飛び降りる人もいる。
おばさんが抱きついて来る、何が何だか判らないが、皆恐怖の眼だ。
結局バスが故障しただけのことなのだ。
我を忘れて抱き着いてきた事も忘れたようにおばさんは笑みを浮かべながら言う、
「田舎の人は????なんです」

辺りには田圃しかない、客が皆車から降りて辺りに佇む。
と、車掌が前方に歩き出した。
次の村まで歩いていって連絡を附けるのだろう、とすると、まあ3、4時間は覚悟しなければならない。

両側に小さな田んぼでは蛙が鳴いてる。
我慢出来なくなった人達は歩き出す、こちとらは時間だけは十分にある。

1時間もウトラウトラしていると、誰かが叫ぶ、バスが来たようだ。
随分早いと思ったら、全く関係のない別のところからのバスだ。
行き先が同じなので残っていた人々が満員に近い中にやっと潜り込む。
途中で、先に歩き出した連中が手を振るが満員のバスは止らない。


村の入れ口の漢方薬屋の前に小さな小屋が立っていて、見学料を払う。
「お昼休みが終るとガイドが来るから待っていなさい」
まだ2時間近くある。
裸の小父さんがやってきて話し掛けてきた、
「昼飯は食ったか?」
どうも食堂の親父のようだ。
「飯は食ったがビール飲みたい」
というと
「よっしゃ、家に来い」
「冷えたビール、あるかな?」
「有る、有る」
「家は何処?」
「あそこだ」
と指差すのは、つい目と鼻の先。


民家の土間を食堂にしたようだ。
瞬く間にビール二本を飲み干す私を、屯している7,8人が珍しげに眺めている。
みんな人懐っこい、屈託の無い良い顔をしている。




以前に、一人の日本人が半月程此所に住み着いて、遺構を調査をしていったと話していた。
建築、給水、排水、採光等々、現代技術から見ても驚嘆すべきものがあるのだそうだ。

みんなで写真を撮る。
やがてガイドがやってきた、色の白い、歯が奇麗な17歳のお嬢さんだ。




明時代の民家がそのまま残っている所、位の予備知識で来たが、
まず、その建物の構造の珍しさに驚く。






何十軒かの家の屋根が繋がっている。
所々に共通の広場があり明りと雨水を取入れる穴?が屋根と屋根の間に開いていて空が見える。
自然を最大限に利用した採光、排水の工夫に目を見張る。



その真下に洗い場が奇麗な石組で出来ている。
この排水は、驚く無かれ、明時代以降詰まった事が無いそうだ、
近年さる学会で発表され大きな話題になっているとか。




明、清の窓枠の彫刻、何でもないように放置して散らばっている家具、
骨董品がそのまま生活用品に成っているのだ。
調度品のどれもが明、清の黒光りを発している。





約600余年前、張谷英と言う人が住み着いて以来、
一族が26代も綿々と住み続けて来ている。
当然ながら、ここの住人の姓は皆同じ張さん。

一つの部屋には石棺が準備されている。



明代と清代に二回大増築された建築物のそのまんまが現存している。
更に驚くのは現在もそのままの建物の中で何百人もの家族が暮らしているのだ。




繋がった屋根と屋根の間に迷路のように通路が連なる。
涼風が通り抜ける、通風にも工夫がこらされているのだ。
石を積み重ねた壁、針も通らない緻密さは建築技術の高度さを物語る。





集落の中央に大きな仏壇があり、両脇に年代ものの仁王様が辺りを睥睨している。

 


ここを中心に、部屋の序列が決まっているのだそうだ。
良く聞き取れないが、直系とか年長者が上位にあるらしい。
表側の屋根には、うだちが誇らげに聳える。




「何故こんなに保存状態が良いの?」
と質問してみた。
「ここは人里離れた遠隔地、中国で起こった数々の内乱、外乱に巻き込まれなかった。
もっと重要なのは、
和を尊び、伝統を重んじ、先祖を敬う、ここの人々の考え方です。」




集落を取り囲む小川に掛かる古い石橋にも時代を感じる。
小川へ降りる階段、何代にも渡っての生活用水確保に欠かせなかったのであろう、
踏石の中央が深く凹んでいる。




去年、ここは政府保護区域に指定され、なんぼかの補助が出る様に成ったそうだ。
今日1日で観光客は私一人の様だが、いずれ、観光バスが入りこむ様に成るのであろうか。



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