岳陽留学記3

風邪もどうやら治ったらしい。
しかしこの暑さは何だ、
秋も終らんとしているのに30度はあるのではいか、全く、気候の変化が激しい。
なんとかビール一本で済ませたつもりが、アルコール不足か、全く眠れない。
三週間振りにテレビが戻った。
天気予報、岳陽、13ー29度、快晴、円相場、円=6.8354元、
$=121円なにがし。(注:現在135円とは!)

Iさん、彼は満鉄に居たそうだ、75歳にして単身で日本語の先生として、
岳陽の私立の外国語学校に滞在している。
Hさんは岳陽在住の唯一人の日本人、
終戦時に病気して、そこで中国人民軍の将校と知り合い、
結婚して、4人の子供をもうけ、中国に居座った。
二人の男の子は日本国籍を取って日本で暮らしている。
Hさん本人も日本国籍を取り戻した。
それは、もしHさんが日本国籍を持ってないと、子供さんの日本国籍がとれないのだそうだ。
いろいろと人には言えない事が有るのだろうが。

Tさんから、パソコン通信の届けが公安局の方済んだとの報告、
来週の火曜日に、パソコンを持って公安局に行けば、
後は、郵便局の手続きするだけだと、まあ、気長にやろう。


昨夜作っておいたおむすびをほうばって、岳陽楼の門前に、バスを乗り継いで30分、
何時もの店でパンを買って、岳陽楼の門前の石段に腰を下ろして、パンを齧る。
5分位前に、碧雲がやって来た。
顔じゅうニキビだらけにして、いかにも若々しい。

近くの君山行きの波止場まで歩いて5分とかからない。
洞庭湖は揚子江と繋がっているので、此所からは君山だけではなく、
重慶とか、山峡とか、武漢への揚子江の船便の発着所になっていて、大きな待合室がある。

30分程の静かな船旅だ。
100人位乗れる、日本の遊覧船と同じようだが、
日本のように馬鹿でかい声の案内とか流行歌とかはない。
殆ど波の無い湖面を滑るように走る。

ゆっくり外の景色を見たいのに、碧雲、サービスのつもりなのだろう、いろいろ説明してくれる。
キラキラした大きな眼でまともに顔を向け、目の中を覗き込むようにして、
一生懸命に話し掛けて来るので、生返事ばかりもしていられない。
向こうは、中国語、と英語がペラペラで日本語はカタコト、でも平仮名がみんな、読み書きできる。
こちとらは、日本語はまあまあにしても、カタコト英語と、殆ど判らない中国語、
英語が主体になるが、こちとらの英語力では、半分位しか判らない、
彼女、こっちが判るまで一生懸命なので大変だ。
一つ一つの会話を、中国語、英語、日本語で最後は筆談になる。

広い君山を、一人のガイドが14、5人を引き連れて案内する。
そのガイドの話しを碧雲が、同時通訳のように、英語で俺に大きな声で説明する。
他の連中はガイドの中国語と碧雲の英語と両方聞かされているわけだ。
他の連中、始めは怪訝な顔をしていたが、
碧雲のひたむきで、あどけない笑顔に観念したのか、次第に笑顔で応えるようになる。

洞庭湖の中の、周囲が2、3キロしかない小さな島が君山、
話しは4000年前に溯る。
五帝の一人、名君の誉れが高い舜帝が南方への巡幸の途中に急死し、
その時、随っていた二人の妃、娥皇と女英は嘆き悲しみ、
その涙で付近の竹に紫色の斑点を残した。
この竹が斑竹と言って、今でもこの君山だけに生え茂っている。



やがて二人は亡き夫の後を慕い、合い抱いて洞庭湖に身を投げる。
後世の人々がこの二妃をあわれみ、廟を建てて祭った。
二妃は君妃、湘君と呼ばれていたのが君山の名のいわれとか。 楚の大詩人屈原を始め、
古今の詩人がこの二妃を題材にした詩が多く知られている。
この話しは、十八史略に出ている。



君山には、その外にも、数々の神話伝説に満ち満ちている。
漢の武帝、榛に始皇帝に纏わる話しも残っている。
昔の人は、君山を形容して、

彼方から望めば、横に引いた眉墨のよう
近くから見れば、青い貝に似ている
空から見降せば、陰陽の大きな大極図のようである

といった。
君山は、この辺の変わり易い気候と地形の所為で、
朝昼夕方で見事に、それぞれ景色が変わって素晴らしいらしいと言われている。
屈原はこの地に関わりが深く、屈原関連の旧跡が随所に見られる。

相変わらず、碧雲、顔をくっ付けんばかりに、色々説明してくれる。
彼女のノートに、次々会話が記録されてゆく。
売店で案内書と笛を買う、彼女一声掛けると、どっと値段が下がる。

柳毅井と言って、洞庭湖の中の島である君山にある井戸なのに、
この井戸は洞庭湖と全く関係無い兆候を示す。
乾季で洞庭湖の水位が下がった時この井戸はむしろ水位が上がったり、
雨季にも全く違った兆候がある不思議な神秘的な井戸だ。
1000里離れた太湖と言う湖と繋がっているともいわれている。
この井戸は竜宮の入れ口で、龍宮の龍王の娘,龍女と柳毅のロマンスを、
彼女が英語で懸命に説明してくれる。

一つの廟で、来月からお世話になるG先生の書が大きく飾られているのを見つける。
堂々とした非凡な書だ、俺好みの草書体だ、良かった、良い先生に巡り会えたようだ。

碧雲が岳陽楼記の中の有名な一節を教えてくれた、

先天下之憂而憂
后天下之楽而楽



生返事をしていたら、これは日本語でどういうのかと問われ、ドギマギする。
「先ず、天下の憂いを憂い、後に天下の楽しみを楽しむ」
まず天下国家を論ずるという高邁な考えが国中の多くの中国人の共鳴を呼び、
この一節に魅せられた古今の中国人が次々に岳陽を訪れるのだと言う。

漁船の佇む洞庭湖の岸辺を写真に収める。
帰りの船の中でも、碧雲、懸命に説明してくれる、周囲の視線も全く気にしない、屈託がない。





夕飯を御馳走する、こちとらが、桂花魚が食いたかったので、付き合ってもらう。
ビールと紹興酒、いつものコース、彼女、始め遠慮してあんまり箸を付けなかったが、
そのうちに小気味良く食べ出した。
楽しい半日だった。



Iさんが日本語の先生をしている学校の学生が遊びに来ないかと誘いに来た。
ここでは日本人留学生が珍しいので、日本人の友人が欲しい中国の学生がわんさと押しかけて来る。
俺様は番外だが、若い連中は多少持て余し気味だ。まあ、これも時間の問題だろうが。


9時近くになって、この間の碧雲が童と言う岳陽師専の学生を連れてやって来た。
二人とも、ハーハー息を切らしている。 一寸遅かったが、兎に角、入ってもらう。
どうも、別に岳陽師範と言う学校があって、そちらへ行ってしまったらしい。
電話番号から調べて、やっと此所へ辿り着いたとの事だ。
此方は岳陽師専、向こうは岳陽師範、全く紛らわしい。
此方は3年制で中学の先生、向こうは2年制で
小学校の先生を養成する学校だ。
此方の岳陽師専は来年から4年制に昇格するとTさん達は息を弾ませて喜んでいる。

彼女たち、10時過ぎまでお喋りしたり、パソコン弄ったりして帰っていった。
お喋りそのものが中国語、英語、日本語だから、即、お勉強だ
中国語と日本語の交換学習に毎日通って来るということになる。
彼女達は岳陽楼記の拓本、張照、祝允明、董其昌の三品をお土産に持ってきた。
部屋中書だらけなので、さぞかし、お土産甲斐があったであろう。


翌日も彼女たちがやってきた。
アキも合流し紹介した形になり、童は大喜び、いかにも、19歳と17歳らしい。
それにしても、彼女たちの日本語を習得しようと言う意欲の強さに、タジタジだ。
今日は、中国語の発音を習う、ZHとZの区別が全く駄目らしい。
ch、sh,c,s,j,q,x,はまあまあらしい。 熱中して、11時まで。
中国語の勉強の密度が非常に高くなって、有り難いのだが、
7時から10時過ぎまで毎晩頑張られると、生活のリズムが狂う狂う。


午後、随分と歩いて、Kが言っていた「何でもある市場」を探り当てる。
何処にこんなにと思うくらい人、人、人だ。
中国政府が躍起になって人口問題に取り組んでいるのが肯ける。
しかし、一家に一人とは如何にも気の毒だ。
例外は、農村でもし女の子が生まれたら5年後にもう一人生んでも宜しい、
少数民族は二人までOK。
Tさんのところは女の子なので、もう一人欲しいのだけど、
もしもう一人作ってしまったらえらい事になる、夫婦揃って公職追放だそうだ。
非常に厳しい規制だ。
公職以外の人がどうなるのかは聞き漏らした。
どうしても二人以上欲しい人は、日本に生みに行くのだとか?

衣料品の露店が500メートル位ズラーッと並んでいる、何処も有名ブランド?
でいっぱいだ、続いて日用雑貨の店、更に食料品、一番奥が生物、野菜、肉類だ。
もっとも反対から来れば入れ口だが。
鶏肉を買い込む。
鶏は頭や足がついているから直ぐ判るが、
牛肉豚肉は、どれがどれだか区別がつかない。
ましてや、何処が美味いところで、何処が俺様の歯でも食べられるところか、
皆目、見当がつかない。
犬の肉もあるから気を付けないといけない。
日本では、刺身が常食で、肉は余り食わなかったが、
動物タンパクの摂取の為に肉を食べようと言う、生活音痴人の浅知恵だ。

鶏の空揚げを齧りながら、墨雅斉へ。
昔は相当美人だったであろう面影を残したお母さんが店番だ。
何を聞いても、一寸待って、今、娘が来るからってな感じでただニコニコしているだけだ。
隣に、書の関係の店が開店し、全く同じ品物を売り出した。
岳陽の書人達の作品も陳列してある、
K先生の作品も一番目立つ所に全紙の横半分の作品だ。
陳列してある中では一番の高値が付いている。


朝、娘からテレで起こされる。
12月26日に日本を発ち、上海に一泊して27日に長沙につく。
1月6日に岳陽から長沙に出て上海へ、翌日東京へ、こんな予定らしい。
凡そ10日間だが、山峡下りで4、5日、武漢か長沙か西安に行くと、一杯一杯だろう、
碧雲に案内を頼もう。
W達は、この週末に山峡へ出掛けて来た。
金曜日に出て月曜日に戻って来たが、皆、変な虫を拾って来た。
首の辺りに赤い二連星のボツボツが出来て、かゆがってる。
一番安い500元とかの8人部屋で窮屈な思いをしたらしい、兎も角、虫は恐ろしい。
我々は、少し奮発して、ファーストクラスにしよう、
こちらのファーストクラスなら高が知れているだろう。


Hさんに電話しようとしたら、名刺がどうしても見つからない、
昨日電話したばっかりなのに、テレフォンカード諸共、行方不明になったしまった。
そろそろ痴呆の気か?
案の定、ポケットの小銭入れが嫌に固いと思ったら、
テレフォンカードが入っていた。そんなもんだ。

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夜、アキが鍋を作ってくれた、水炊きだ。
冷蔵庫の中のぽん酢を見つけて大喜びだ、
ぽん酢を付けると日本の味らしくなるから不思議なものだ。
Kと三人でパク付いている所へ、彼女たち、月曜から連荘だ。
この調子だと本当に毎日通ってきそうだ。
帰り際に立ち上がってからも、もう一つ、もう一つと日本語の単語を頭に叩き込んで、
10時半まで粘って行った。
兎に角、凄い熱心さだ。
彼女たちが帰ってから、三人で深夜まで話し込む、何時まででも起きていた若い頃が懐かしい。
しかし、今は一寸、ハード過ぎるようだ。


Johnが呼びに来た。
JaneとJaneの男友達のEdyと言うアメリカ人?の四人で飲んでいる。
Edyは旅の途中で一週間此所に滞在している、
「先生?」
と尋ねたら
「only tourist」
だといっていた。
彼方此方旅しているらしく、アルザスのコルマールを知っていた。
彼が懐かしそうに、
中世そのままが残っているコルマールの裏通りやウンターリンデン美術館の話をすると、
世界中歩いているのが自慢のJohnとJaneは羨ましと言うよりとても口惜し気だ。
彼等の情報網というか、交際網は凄い、中国中は勿論世界中に拠点がある
様なものだ、それぞれの拠点で宿の提供をし合う。
一週間でも一ヶ月でも平気の平左だ。こんな所にも、彼等の旅の質の濃さ、高さ、或いは重さと言うか、
旅の歴史の古さを感じる。ちなみに彼等のガイドブックは日本のガイドブックの
2倍位の厚さが有る、チラッと見たが、ともかく木目細かい。
どうも日本のガイドブックは彼等の物の翻訳で有るような気がする、勿論総べててとは言わないが。
日本でも、金毘羅参り、伊勢参りとかが有るが、旅の歴史を探ってみる、なんてのも面白そうだ。
西行は物見遊山?

W達の話しだと、JaneはEdyに気が有るらしい。
話している最中に、Janeの仕種にそんな様子が時々出て来るとJohnの視線が走り、
何かJoneが可哀相と言うか気の毒になる。
Janeに対する恋愛感情というのでは無いのは判っているのだが、
やはり男の子なのだから、恋人も欲しいだろうし。
Johnは男前だし、教養もあるし、所謂、良い男だから、学生たちにも人気があり、
その気になれば、何とでも為るのだろうが、そんな噂も立たないのは、何か考えを持っているのだろう。

いずれにしても、イギリス流の教養を身につけた28歳の男性と24歳の女性、
これから欧州へ行って、スイスで一年滞在するという知的でいわくありげな同年代のアメリカ男性、
更に、カナダに留学経験があり、短距離のオリンピック候補にもなったと言うPと言う中国人の貴公子、
これに我等の仲間のピチピチ女性が絡んだ話は、
もし、俺様がもし小説でも書くと言う天地がひっくり返るような事があれば格好の題材なのだ。
が、プライバシーに触れるし、
将来の結婚問題に支障でもあると大変なので
我等の仲間の事は極力触れないようにしているのだ。
11時過ぎに、KとHも加わる、Pも顔を出した。大宴会の様相を呈して来る。



  



12時頃退散。彼等はこれから夜を徹して喋り捲るのだ、
しかし、語り明かすという感じではないのは時代の違いなのだろう。


昨夜、やはり一寸飲み過ぎか、頭が重い。終日、ブラブラ。
一回5元というのが気になっていた構内の床屋へ入ってみる、清水から飛び降りたつもりだ。
先ず頭を洗う、小さな手洗器の前に坐らされる、頭の上の方の小さなタンクにお湯が入っているようだ。
頭を出すといきなり冷たい水が出て来る、それでもそのうちに生暖かい水になって一回だけ頭を洗う、
「元の形を保って下さい」
と紙に書いて渡すと、ニコニコと肯いて、いきなり、ザクザク始めた。
バリカンを使おうとしたので、それだけは断る、大胆な鋏さばきでハラハラものだ。
「髭を剃るか」
と問われる、ゆったりした気分を味合いたいので、当然OK。
口の廻りに37度C位の生温いタオルをのせたと思ったら、
そのタオルで口の廻りの髭をグリグリこすり出した。
もう冷めてしまっている石鹸の泡をチョコチョコっと付けて、ガリガリっと髭を剃りはじめる。
殆ど水気が無いので、バリバリって感じで、道端の雑草を刈っている感じだ。
俺様の肌の繊細さを知っていないらしい、一週間ほどの口の廻りのカミソリ負けを覚悟する。
生憎細かいのが5元に足り無くて、50元札を出すと、細かいのだけ、4元一寸に負けてくれた。
27、8才だろうか、床屋のおかみさん、鋏裁きも大胆にして繊細、気風も良い。出来上がると
「こんなもんで、どう?」
ってな感じでニコッと爽やかな笑顔を送られると、悪い気はしない、この顔にしてこんな出来具合だろう。
五時間たったが、今のところカミソリ負けの兆候は無い。


娘から電話、今日は、カミさん、S、Mの四人で金時山に行ってきたとか。
金時からの富士が懐かしい。
今日の床屋に、富士山の写真の入ったカレンダーが貼って有ったが、
学校の会議室にも有り、中国人に富士山は人気があるようだ、他でも2、3見たことが有る。



夕方、一時間で何所まで歩いて行けるか試してみた。
中心街を少し外れたこの辺りは、
歩道の真ん中で、マージャン、将棋、トランプに興じている人々が多い。
働いているのは、自動車や電気製品の修理屋、ソフアの修理もやってる。
玉突の台を作っている人も忙しそうだ。
何かを直している人、作っている人々は皆忙しそうだ。
それに対して、第三次産業、商店の連中は、真っ昼間のせいも有るだろうが、
店の前で屯して何かに興じているのが多い。
例外は、コンピューターゲーム屋さん、今ブームなのだろう。
彼方此方に有るゲーム屋さん、何処も満杯だ。それも少ない数ではない。

少し賑やかな通りに出ると、ズラリと靴磨きやら露天商が並んでいる。
こちらの女性は、大地にしっかりと、両足を思い切って広げて、
日本の風呂場によくあるような小さな椅子にどっかりと腰を下ろす。
殆どズボンだが、中に、まだ中年と言っては失礼な年格好の女性がミニスカートで、
大胆に、このポーズを取っているのも見掛ける。


「一寸街に行って来ます」
と言って何時も出掛ける時の繁華街、
その繁華街と学校の中間ぐらいのところにある大きな市場に入り込んだ。
馬鹿でかい、何千坪かはあるのではないだろうか、
其の建物の廻りは、露店と、天秤棒で荷物を担いできて路上に広げている青空市場で、
足の踏み場が無いほどに取り囲まれている。
食べ物と食べ物に関係するあるとあらゆる物が有る。
大きな鰹くらいの魚が飛び跳ねている。
その生きた魚を鷲づかみにして半分にちょん切っている女が居る。
そんなに凄い女ではない、普通のおかみさんだ。
大きなスッポンが山と積まれ、ムズムズ動いている。
鶏、鳩も生きたままだ、小さな檻の中に4、5匹の犬がうな垂れている。
後で、碧雲に話したら、彼女の家で2匹の犬を飼っていたが、
誰かに持っていかれて食べられてしまったらしいそうな。
そう言えば野良犬を全く見掛けない。
時々犬を連れている人を見掛けるが、
此方へ来てから犬を見たのは2匹、猫はまだ一回も見ていない。

市場と目と鼻の先にスーパーらしきものがあった。
市場はごった返しているのに、スーパーの客は少ない、値段も手頃にみえるのに。
多分、市場の方がもっと値段も手頃で、人件費の安い中国では、
省人化ももうひとつ経営に直結市内のだろう。
先日来、特注で頼んで晩酌にしている紹興酒、加飯酒、
いつも学校の売店では6.8元で買っているのが、
ここでは2.5元のと2.8元のとある。
非常に似ているレッテルだが、少しずつ違っている、兎に角2本買い込んで味の比較だ。



帰りはミニバス、普通のバスは日本と同じ大型でバス停も決まっているのだが、
このミニバスは、日本で言う12、3人乗りのワゴン車で、何所でも乗れるし、何所でも下りられる。
料金は普通のバスの二倍、と言っても1元、だが至極便利だ。
大型バスはワンマンカーだが、ミニバスは車掌がついていて、人混みに来ると、
窓から顔を出して、「5」と書いたダンボールを手にかざし、
「五路(ウーロウーロ)」
と怒鳴って、客の呼び込みをする。
此方に来た当初、この呼び込みの仕種が面白くて、
うちの連中が何かというと「ウーロウーロ」と真似たもんだ。
車掌も運転手も女性の方が多い。

今日も二人とも女だ、スーット均整の取れた仲々の美人だ、
顔立ちもキリリと聡明そうだし。
日曜のせいかだろう、車が多い。
交差点に差し掛かると皆我先に進入して来るから、それぞれが動けなくなる。
路肩の方にはみ出して、すれすれにすれ違うので、
いつもは冷や冷やながらもスリルを楽しんでいるのだが、今日はちと様子が違った。
丁度大きな凸凹のある所でバスが止まった所へ、前のトラックが後ろに下がったものだから、
バスの前の方にガツンとぶつかる、トラックは気が付かないで走り去る。
と、車掌をしていた女の子がバスから飛び降りた、と思ったら、疾風の如く前のトラックを追いかけ出した。
バスも後を追いかけたが見失う。
車掌の居ないバスは、諦めたのか、それとも客のことを考えたのか、
そのまま普通に走り出した。
1キロも走ると、丁度南湖のほとりだ、
なんとそこに件のトラックの運転手と車掌が遣り合っている。
運転手の女の子もバスを下り二人一緒になって軍鶏のように凄まじくガナリ出した。
トラックの運ちゃんも結構威勢がいいが、
女の二人の方が嘴の尖り方も嘴の動きの速さも断然上回っている。
トラックの運ちゃん、直ぐに観念して、おとなしくなった。
こちらには、「女一人はアヒル500匹、女二人はアヒル1000匹」と言う言葉がある。
折からの夕焼けに輝く、それでなくとも静かな南湖のほとりに、
又静寂が訪れた。




碧雲が「山峡下り」のことを調べてくれた。
3人、四泊で4000元。舟は2等から5等迄の2等で、日本円で6万円くらい。
四日だと重慶迄はいかないが白帝城は見れるらしい。
シーズンオフだから大きな遊覧船は出ないかも判らないとの事だ。

特記事項:今日は、一滴も酒を飲まなかった。
翌日、禁酒の煽りか、先ず日本酒二本、紹興酒8分目を飲んでしまう。


旅行局のRさんという方のご招待がある。
この間の岳陽賓館、Rさんに始めてお会いする。
彼は静岡県に留学した事が有って、沼津にも詳しい、日本語はペラペラ,日本にもとても詳しい、
公的な訪問団の通訳をやっていて何回か中国ー日本を往復しているそうだ。
連中そんな事に関係無く良く食べる、出て来るもの出て来るもの次ぎから次ぎに、全て平らげる。
海老、蟹、スッポン、日本人好みの日頃食えない物が次々に出て来るのだから、
それにしても、お皿が次々に空になってゆくのは快感だ。
終わり頃に、川魚の刺身が出てきた、30センチ位、氷の上に乗っている。
日本で食べるあま海老に近く、グーウウーンと口中に甘味が走る。
実はいくらも無い、醤油、ワサビもちゃんと付いている。相当高そうだ。


今日は、山峡ダムの為に長江が塞き止められた状況を、終日テレビで報道している。
特別実況放送だ、江沢民、李鵬さんも出席の式典が放映されている。
確かに今世紀の有数の大工事。
周恩来や登小平など歴代の人物が力を入れてきた大工事だ。
確か、孫文に始まるのではなかったろうか。
中国人のスケールの大きさの典型的な例だ。
我々は、この世紀の大事業の劇的な瞬間に居合わせた訳だ。


昔から興味の有る「宗三姉妹」の看板を街で見掛け、意を決して映画館に出掛ける。
9:50開演、街は9時を過ぎると店は大方閉まり、人通り極端に減る。
日本のように切符売場がはっきりしてないので戸惑う、9:30に、映画館にはいる。
建物は大きいが中は三つくらいの映画館に仕切られ、それぞれが違う映画をやっている。
看板を頼りにその一つを探り当てる、100人位の客席に客は4、5人しかいないし他の映画をやってる。
間違えたのかと思ったら、これが終ってから「宗三姉妹」をやるらしい。
所がその前の映画が仲々終らない、9:50分どころか、結局1時間遅れで始まった。
これがまた随分と酷いものだ。
内容的には面白そうだが、ピントは悪い、音はガーガー
、興味深い宗姉妹だったが、流石に途中で退散。
何時もこんなならお客が入る筈が無い、全部が全部ではないだろうが。
中国もテレビが普及して映画館は廃業する所が多いと聞く、
昭和40年頃の日本の現象と同じ、だと言うのに。
(つづく)

 

   

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