岳陽留学記2

第二週目の授業に突入、発音、文字仲々覚えられない。
予習、復習、俺様にしては考えられない程やってる方なのだが....
授業中にコンガラガッテ来る。  若い連中は、
「オンナジですよ」
と言ってるが。



しかし、この寒さは何だ、
昨日までの冷房が今日から暖房なのだから、先が思いやられる。 
上着が有ったからまだ良かったが、教室で震えが止まらない。


待望の荷物が届く。 陳さんが郵便局まで同行して呉れる。 
陳さんが色々面倒を見てくれるので大助かりだ。 
窓口での遣り取りは大変、何とか料と保管量で七十元取られた。 
船便と航空便が一緒に届いたが、船便の傷み方は酷い、ダンボールが丸くなってる。
一つの包みの中のカタクリ粉だかが爆発して中身がみんな真っ白になっている。
プラスチックの大きな容器も壊れて彼方此方に割れが出来ている。
懐かしい日本の味が沢山出て来て思わず口がほころぶ、頬が緩むと言うべきか。
煎餅も割れて粉化しているがちゃんと味は残っている。
早速に醤油味の緬に雲丹を加えて、熱燗で一杯だ。

一寸、恥ずかしいが、後学の為に、荷物の中身をご披露しよう。

「船便荷物の中身」
衣類:
長袖*3、セーター*3、長袖下着上、中厚ステテコ、タオル大*2、タオル小*3、
極小タオル*3、合い寝間着、冬寝間着、冬トレパン、冬ズボン下、Tシャツ、らくだシャツ、
ワイシャツ長、短、 袖なしセーター、靴下*5、下着*5、 スーツ、ズボン、ネクタイ
本:
漢詩関係、書関係、パソコン関係、レシピ関係、若干の小説、中国史関係、歳時記

パソコン関係:
生フロッピー、ソフトフロッピー、歌フロッピー、プリンター、プリンター用サーマルペーパー

書道用具:
筆*、墨*3、紙、:テンコク用具一式、下敷き大、小、

土産:
小筆*6、パンテーストッキング若干、蛍光ペン若干、煙草、其の他若干

食物:
醤油*2、つゆ、ぽんず、みりん、ごま油、菜種油、カレー*2、塩、砂糖、味噌、梅干し、
トリガラ、ごま酢、本だし*2、だしの素、ソース、ケチャップ、マヨネーズ小*2、のり*2、
のり佃煮、米、缶詰( 秋刀魚、さざえ、焼き鳥、ツナー、蟹、いか、貝柱、雲丹、
赤貝、鮭、雲丹瓶詰め)、菓子( 煎餅、いか、ピーナツ、角煮、一口羊羹、リッツ)、
酒パック*8、チューブ物(生姜、からし、生ワサビ)

その他:
包丁*2、俎板、洗剤*2、石鹸、歯ブラシ*3、ハミガキコ、シャンプー、リンス、
洗濯洗剤小パック、中リック、フィルム*20

「持参」
ThinkPad,CD−プレーヤー、フロッピーデスク、デジカメ、ラーメンポット、

(注) 12月15日現在での、荷物についての感想:
まず、衣類関係、ファッション的な好き嫌いを別にして、全て不要、皆有り余るほど売っている、
ファッションも結構進んでいる。
重い本、全く読む暇が無い。
パソコン関係は不可欠、
インターネット関連(特にnetscape関連)を持ってこなかったので苦労している。
レシピは持参して成功、書道用具は全く不要、安くて品の良いのがたくさんある。
問題は調味料、日本食風の物はまず手に入らない、特に日本の醤油、味噌は、此方に無い。
銀座の鳩居堂で仕入れた美智子妃の愛用している小筆、2000円也、
を書を嗜む或る先生に差し上げたら、
「此方では、これは2元で買えます」
と言われた、此方の人はブランドみたいのには余りこだわらないようだ。


発音の聞き取りが全く駄目、幾つかの音が全く区別つかない。
李先生は御酒が好きらしい。授業中に酒の話しがよく出て来る。

酒鬼酒 58度 300元/500cc
芽台酒 60度 380元/500cc
紹興酒 38度

日本で、普通の一級酒が一升1500円位だから、それに比べると結構高い。
日本での吟醸酒とか焼酎の銘酒と同じくらいかも。


今回の朋友達、酒飲みが一人も居ないのが寂しい。
7時半から太極拳、先生は60才、中国人にしては若い、
普通の中国人は60才と言うと、殆ど老人だ。
このところ、全く運動してないので体がきつい、太極拳、大変難しい。
体全体の運動であり、空手、剣道、柔道と言った武道でも体力運動でもなく、精神運動だそうだ。 
先生は丁度俺と同じくらいだから、
二次大戦前後の日中関係に付いては俺と同じくらいの知識があるのだろう。

朝6時起床は定着したが、就眠時間がどうしても10時を過ぎる。少々寝不足気味。 
'聞く'授業の先生の発音が全く聞き取れない、20問中8問正解なのだから嫌になる。

今日は岳陽師専の入学式のようだ、いずこも同じで、あどけない顔が多い。
上級生は吃驚するほど垢抜けた子が多いのだが、新入生はみんな、
如何にも田舎から出てきたばかりと言う感じの子ばかりだ。
親が大きな荷物を持って心配そうにくっ付いている、母親よりも父親の方が圧倒的に多い。 
どの父親も余り裕福そうではない。
折りからテレビで子供への投資が話題になっていた。
言ってる事は殆ど判らないが、画像と表情で、内容は大体察しが付く。 
入学式に集まってきている親たちの姿格好が子供達の将来への大きな期待を如実に物語っている。


今日は一時間目が休講になったので、ゆっくり朝寝、疲れ気味だったので、もっけの幸いだ。 
何人かの人に手紙を書く。パソコンで書くと、同じような内容のものなら彼方此方出せて便利。
夕方6時になるとムズムズして来る。 アルコールの虫が泣き出すのだ。
中国語の宿題書いたり、書を書いたりして終日過ごす。

夜、仲間が皆集まっての会食、それぞれが自分で作ったものを持ち寄る。
俺はビールで勘弁して貰う。 一寸、甘え過ぎか。
ジョン、ジェーン、ピーとジョンたちの教え子二人、サブリナ、一杉、小宮、若ちゃん、志貴ちゃん、
金やん、堀米、石井、俺の14人、皆良く食う。 皆、食事にかぶりついて、酒飲む奴は居ない。




サブリナがパソコン通信やってるらしい、今度、詳しく聞いてみよう。
もしかしたら、パソコン通信への道が開けるかも判らない。
サブリナはアメリカ人、白人と黒人の混血で、ファッション雑誌から抜け出したような容姿だ。
部屋に戻って、日本酒飲んで、李白の詩を書いて、風呂に入って、良い気分。


書道の先生を紹介して戴けると言う福地さん宅を訪問、陳さんが案内してくれる。
陳さんのバイクの後に乗る、コワイコワイ。 
一応、ホンダだが馬鹿に馬力が弱い、坂に来ると止まってしまう
、馬力の小さな種類なのか、機種が古すぎるのか。

やはり沼津から来ていて他の学校で日本語を教えている I さんは既に到着そている。
Fさんは仲々政治力が有りそうな女史タイプ、如何にも面倒見も良さそうだ。  
折角中国まで来て書を習うのだから、兎に角、第一人者の先生を紹介頂きたいとお願いする。
Fさんは75歳くらい、沼津出身、戦前に此方に来て、
中国人の将校と結婚し、戦後此方に住みついた方だ。

Fさんの肩書き:
湖南省岳陽市政治協商会常務委員
湖南省岳陽市三胞聯誼委員会理事
湖南省岳陽市対外友好協会顧問
湖南省岳陽市対外文化交流会理事
湖南省岳陽市中外文化協会常務理事

俺様が魚を食いたいと言い出し、三人で岳陽飯店へ、
岳陽では高級な部類の三つ星のホテルだ。
大きな垂れ幕に「四つ星を目指そう」と有る、シングル一泊220元。 
仲々感じも良いし女の子達も良く訓練されていてサービスもよい、
コップにビールが減ると其の都度継ぎ足しに来る。
何よりも清潔さが気持ち良い。
食事、桂花魚、海老、蛙、油揚げ、餃子。
桂花魚、骨が無く鯛に似た味でいける、日本風に料理しても美味しいそうだ。
蛙もこくが有って珍味、全部で230元、
一食10元以下に決めている仲間たちは「高い!高い!」と言うであろう。
桂花魚は75元。

真ん前が洞庭湖、丁度夕日が君山のあたりに沈んでゆくところ、
前景は行き交う舟、荷物舟、釣り舟、漁船やら落日を向こうにしていろいろな形の舟が通る。
杜甫、孟浩然、等々古来から沢山の文人達が此所を訪れた由縁の一片が垣間見られる、
見事な風景だ。



何と、此所に紹興酒があったのだ。
熱燗にしてもらう、10CC程の小さなカップ、
これもさっきのビールと同じようにいちいち継ぎ足しに来る、
何処かで瓶を暖めているようだ、
紹興酒の余りをtake outし、もう一本追加して持ち帰る、一本12元。


近くの市場へ中国語のメモを持って買物に行くと、
おばさん達が発音を教えてくれる。  
もっとも、教わるそばから忘れてしまうのだが。
今日の買物は、カニ玉を狙ったものだ。
今回の家からの宅急便にカニ缶が入っていたのと、
持参した料理本に記載が有ったからだが、本の通りに作ったら凄く美味いのが出来た。
これからこれは俺の得意料理になる。
カニ缶以外は全ての材料が現地調達出来るのが嬉しい。

午後、字を書く、どうしても思ったものが書けない。 
まだまだ西も東も判らないうちに、
一つ仕上げてやろうと言う魂胆があさはかなのだろう。







蟹缶一個で三回カニタマが出きる。
何でも構わず入れてみたが、フライパンで火の通り易いのと、
通りにくいのを区別しないといかんようだ。 
今日のは一寸いただけない。折角の蟹缶もこれしか出来ないとは情けない。

こちらの紹興酒、ここでは加飯酒と言っているが紹興酒の仲間、デパートで7元で売っていた。
「紹興酒」で探したから見つからなかったようだ、此方ではあんまり飲まれていないようだ。
それと、一寸水っぽい感じがする。

今日は、授業が終ってから、一週間分の野菜を茹でる。
有る物何でもかんでもぶち込んだが、生姜も入れ込んだがどうしたものか。


朝、30分の散歩をする。
朝市が並んでいて、新鮮な野菜がところせましと並んでいる。
鶏、アヒルも覚悟が出来た顔でおとなしい。
魚も活きがいい、先だっての、桂花魚も中に交じっている。 
幾らぐらいするのだろうか、いつか自分の手で料理しなければ。
何しろ琵琶湖の6倍の湖に囲まれているのだから、
他の地方と違って魚料理がいろいろあるようだ。
みんな、虫とか怖がっているが、薬剤の怖さとどうなのだろうか。

帰りがけに、学校の食堂に立ち寄り、桂花魚が食いたいと尋ねると、
有ると言う返事、6時半に約束する。
一人では食い切れないので、たまたま在室していた、石井、若林を誘う。
6時半に行ったら、もう二人は来ている、親父と女将が手招きする。
行ってみると、確かに桂花魚だ、ただ値段が45元、
普通5元もあれば何か食えるので、10倍近い勘定だ。
それで親父が打診したかったのだろう、もう料理が出来上がっていると思ってきたのに、
またこの間と同じように4、50分待たされたのでは堪らない、
30分後に出きると言うので、出直す事にする。

7時に行くと、若、石、堀の三人がもう座っている。 
彼女達も美味しいを連発して食う、先だっての、岳陽賓館の味と変わらない。
ただ、廻りの者は皆5元位のを食べているので何となく気が引ける。


歓迎会が有ると言う事で、どんなのかと期待と不安で一杯だったが 、
何のことは無い、岳陽師範の新入生の歓迎会に我々も出席すると言う事だ。
構内に有る劇場で、各専攻の学生たちが、大きな舞台の上で、出し物を披露する。
仲々なもんだ、楽器演奏、バレー、舞踊、武道演技等が舞台一杯にと、
ところせましとばかりに繰り広げられ、
若いエネルギーが爆発する、二人組の掛け合い漫才もある。
最近の日本の大学はどうか判らないが、昔の大学祭なんかのと、レベルが違う、皆、本格的だ。
我々8人も、蛙の歌の輪唱を披露する、冷や汗物だったが拍手喝采だった。
そんなわけで、今日は禁酒日だが、ビールを一本だけ戴く。



10月1日から4日まで、国慶節の休みだ。
その代わり、日曜は振り替えで授業が有る。
休日は、一週間前位にいきなり知らされる、一年間の学校の暦は無いようだ。
其の都度決めているようだ。

休みの前の日の夕方から2泊で武漢へ、おむすびを3個作る。
外人二人と我々4人の6人、5時近くの汽車で、3時間、何時もと同じような混み具合、
でも、この前よりは幾らかゆとりがある。
武漢へ近づくとだんだん空いて来る、皆国慶節の休暇で帰省する人々だ。
我々の若いグループ、直ぐ、乗り合わせた中国人の学生達と騒ぎまくっている。
この間行った湖南大学の学生達、彼等は我々に席を譲ってくれる。
彼等も長い時間掛けて並んで獲得した席なのだろうに。



武漢、大きな都会だ、人口も300万人以上だろう、
この前行った長沙より大きいかも、暗い中で、バスが判らない、
散々探して、やっと、乗り込む、大きな橋を渡る、
これが多分揚子江だろう、何処かで乗り換える様だ。
乗り換え地点で下りる、バスの中で若林が知り合った学生風の中国人が、
行き先までタクシーで案内してくれると言うのを渋っていると、
「信用してくれ」
と半ば哀願だ。 半信半疑でタクシーに乗り込むと、何と代金まで払って呉れる。
善人も悪人も同じ顔で、同じ事を言うから判らない。いずれにしても気分がいい。

紅漢大学の招待所、長沙の湖南大学の招待所とほぼ似たり寄ったり、
やはり、中国で安上がりの旅は招待所利用らしい。
一泊26元、John達の友人の女性の、やはり、英語の先生が此所に住み着いている。
英語の先生仲間、3人の白人も加わって、英国スタイルのパブへ、女性たち、良く喋る。



週末はこうして、夜中まで飲んで、喋ってストレスを発散させているようだ。
ビール小瓶5本で85元だから、中国としたら、少し金持ちしか入れない。
20人位の客層は、一見してエリート達だ。
我々はビールでやってるが、ウィスキーやブランデーを飲んでる人が多い。
各テーブルに何か一つゲーム器があって、皆それに興じている。
我々は12時過ぎに引き上げたが、
女の先生4人は、まだまだ、喋り足らないようだ、みな、良く飲む。
25から30位のようだが、どんな心境なのだろう。

帰りがけに、露店でビールで串焼きみたいのをつまむ
たいした弊害はでなかった。
だんだん、中国の料理に慣れてきたようだ。





揚子江(此方では長江と呼ぶ)中流に位置する武漢は、
漢口、武昌、漢陽の三つの地区から出来ていて、
汽車の駅は漢口か、武昌のどちらかで、武漢と言う駅は無い。
揚子江の客船が泊まる大きな港駅、これが漢口であり、我々が昔から良く耳にする名前だ。
第二次世界大戦前に、日本、ドイツ、イギリス、フランス、
ロシアの租界だった面影が街のあちらこちらに残っている。
想像以上にビッグシテー、幾つかの高層ビルが立ち並び、
街のショウウインドウにはルイビドンのバッグも見掛ける。
兎に角、人が多い、日本の明治時代の庶民風の人から、
今、パリから戻ったばかりの,ファッション雑誌から抜け出したような麗人まで、様々だ。
テレビの普及して、世界中の生活情報がそのまま入って来る
、特に女性のファッションの世界はそれが敏感だ。
中国もミニが流行中だが、不思議な事に大根足と言うのにお目にかかったことがない。
皆足がスラリと長く格好が良い、お尻の位置が我々の胴位の位置に有る。

街の要所要所にトイレも有料(2毛ー5毛)だが完備しており、結構清潔だ。
ただ、トイレの扉無は常識で、これを乗り越えないと、中国の生活は有り得ない。





帰元禅寺、300年の歴史が有る、お寺への参道のズラリと売店が並んでいる、
昔の浅草みたいなもんだ。
たまたま会ったJohnの教え子が案内してくれる。
中国人に成りすまして入場、3元、外国人だと20元、緘口令がしかれる。
喋ると中国人で無い事がバレてしまう。
台湾もそうだったが中国の人は信心深い、若い男女が一心にお参りしている。
あの大きな線香を要所にあげてまわっている姿は、台湾で見た物だ、やはり同じ民族なんだ。

500羅漢、一つが1.3メートルくらいの大きさが500有るのだから、半端ではない。
善男善女が一つ一つ数えて回っている。
大きな売店に書の良いのが飾って有る、日本語を話せる女の子が話し掛けてきた。
500元位で、現代の中国の書壇で有名な人の軸、半切の2/3のサイズの作品が買える。
思わず食指が動く、表で連中が手招きしている、もう一度来る事が有るだろうか。
もし日本から誰かが来れば、に期待しよう。
ただ、気になるのは、
他の売店はごった返しているのにそこの売店には中国人の姿は殆ど見えない。
外国人の観光客向けなのかも。

皆、元気で良く歩く、何時も俺様が一番後にくっ付いている感じだ。
歩くの嫌いでは無い俺様だが、彼等は街中を一時間、二時間位平気で歩いてしまう。
一応学生なのだから、彼等に合わせなければ。
我々も、学生時代は、キセルしたり、途中で汽車賃なくなってしまったり、
公民館やお寺に泊まったりした、あの感じなのだ。




随分歩いて、長江にでる、聞きしに優る雄大さだ、渡し舟で向こう岸まで、1元、
さすがに長江、下流も上流もかすんでしまっている。
武漢には大きな橋が二つ架かっていて、一つが昨夜バスで通った橋、二階建てで下を汽車が通る。
日本の本州と四国を結ぶ、あの橋みたいなもんだ。
長江を挟んで漢口と武昌はそれぞれ別々に発達した都会で街の趣も異なる。
漢口側は、例の山峡下り等の大型客船が出入りし、大きな港やビルが立ち並んでいる。
ホテル等も滅法と高いと聞いている、武昌側は庶民的な雰囲気で満ち満ちている。

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黄鶴楼は、岳陽の岳陽楼ともう一つ南昌の勝王閣、河南の三つの有名な楼の一つ、
此方に来るまで知らなかったが、
よく中華街なんかで見掛ける黄鶴楼と言う名は、此所から取った物だ。







岳陽楼は三層だが黄鶴楼は五層で、スケールも大分違う。
長江を背にしてびくともしていない。
此所に来ると、外人客も多い、カメラ、それも一眼レフの大きいのを持っている人が多い。
岳陽ではカメラを持ち歩いている人を殆ど見掛けないので、カメラ持ち歩くのが気恥ずかしい。
特に一眼レフは目立つので殆ど持ち歩かない、
今回の武漢へもバカチョンしか持ってこなかったが、失敗だった。



李白の「黄鶴楼送孟浩然之広陵」は此所で作られた。

故人西辞黄鶴楼
煙火三月下揚州
孤帆遠景碧空尽
唯見長江天際流


翌日、また歩いて歩いて、再度、渡し舟、昨日と逆のコース、
の筈が、長江の秋風に髪を靡かせながら、いい気持ちに浸って、
反対側の岸に着くと一寸様子が違う。
大分下流?(上流かも)に着いたらしくて、またまた、さんざん歩いて歩いて、
流石に途中からバスを拾う。
武昌駅は相変わらずの混雑さだ。
外人専用の窓口が10人位で、これなら楽々切符が買えると思ったら、列が仲々動かない。
何か問題を抱えている奴が窓口にいるらしい、小一時間動かない。
Johnが偵察してきた、彼は中国人の窓口で挑戦しようとしているようだ。
一杉を連れてゆく、俺も後ろから付いて行くと、
なんと、Johnは長い列の前の方、4、5人位の所に入り込んだ。
平気でニコニコしている、始め、並んでいる連中も何だか判らなくて、愛想笑いをしていたが、
我々が切符を買うつもりだと判ってから、皆怒り出した、
Johnは平気の平左を決め込んで、一杉にセリフを教え込んでいる。
一杉は東洋人だから、セリフさえうまく言えれば、中国人に成りすませて、
三分の一位の値段で切符が買えるのだ。
中国の切符売場の窓口は小さくて、中からは一人しか見えない、
一杉が顔を出してJohnが耳元でセリフを囁く、
見事に切符を手にして、その後も全く動いていない外人専用の窓口に戻ると皆で拍手喝采だ。
周囲の注目を浴びるが、そんな事に構う連中ではない。
このくらいの迫力が無いと、カルチャーの違う外国では生きてゆけないのだ。

まだ午前11時だと言うのに汽車の発車時間は、午後6時半、連中は時間は贅沢に使う。
また、歩き出した、本当は東湖に行きたいのだが、坑州の西湖と並んで風光明媚で有名な所だ。
連中にはあんまり興味が無いらしいので遠慮する、又機会があると思う。
歩いて歩いて、歩いて行ける距離の、公園、何時もは入場料が0.5元なのに、
今日は祭日なので5元、また皆で喚声だ。
一寸した遊園地になっていて、池にはアベックを乗せたボートがゆったり動いている。
素朴な遊園具、一昔前の田舎の遊園地と言った感じだ。
竹作りの迷路もある、お化け屋敷も、昼寝したり、トランプしたりして、帰りがけに通りの食い物屋で、
遅い昼食、魚も入れてもらって、ビールに満足。

駅で2時間もベンチに立ったり坐ったりして時間を潰す。
汽車に乗り込んだら、指定席、ズラリと既に坐っている連中にも、
指定席券は黄門様の紋所みたいなもんだ。
満員列車の中で、坐ってゆくのもいい気分、それにしても指定席が何故満員なんだろう。
途中で列車内の探検に出掛ける、食堂車が有った。
どのテーブルも真っ白な布で覆われており、清潔、兎に角坐ってメニュを見ると、魚と言う字が見える。
それとビールを注文、割と短い時間で、運ばれて来た。
中位の鯵の少し幅を広げたような魚で、蒸して有り、
その上にトロットしたアンが乗っていて、ビールの肴にもってこいだ。
連中には内緒で、食って飲んでしまった。魚が25元、ビールが15元だから、連中は嫌がる。
日本円だと600円位なのに。


某日、陳さんのお宅で、中国の家庭料理を御馳走になる。
以前、魚が食いたいと言ったせいか、魚は二種類ある、仲々の味だ。
10種類位の料理が出る、
皆くらいついてる、24インチのテレビでカラオケ付き、アンプはソニー、負けそうだ。
日本の歌のカラオケを聞いても、どうもサッパリ来ない、
みんな中国風にアレンジされているせいか。
「逃亡者」映画を最後まで見て退散、普通の民家のトイレは昔の日本風だが、
洗面所と一緒なのが気になる。
なにせ、キッチンの奥に透明なガラスごしに有るのだから。
外観は如何にも中国風の殺風景な建物だが、なかの3LDKは快適、
この鉄筋建てのアパートは、陳さんのご主人のお母さんの持ち物だそうだ。

帰りがけに、デパートで買物。
蒸す鍋を探したが適当なのが無い、有っても馬鹿でかい、
穴の開いたスプーンのでかいのを買って帰る。
しゅうまいの解凍はこれで出来そうだ。
餃子を焼くがうまくいかない。
宿題の中国絵を描いて、変な餃子でビールのんだら、とたんに腹が苦しくなる、
床に直に坐って冷えたのか。

暫く横になっていると、娘から電話、
以前、送って呉れるように頼んだ芹沢光治良の「人間の運命」絶版なそうな。
五巻物の第一巻を前回のヨーロッパ旅行中に飛行機の中に忘れてしまっており、
途中から読む気がしない。

今度はやたら風呂に入りたくなる。頭も洗って、やたら熱い。
結局、また、ビール、更に加米酒。
熱いような、寒いような変な陽気だ。
セーター着れば熱いし脱げば寒いし、一寸動くと汗だし、
年のせいか気温の変化に追従出来なくなったる様だ。
案の定、風邪を引いてしまった、喉の痛みと、汗で眠れない。
結局、休み明けの一週間、風邪との戦いになってしまった。
でも、寝込む事も無く、快方に向かっている、食欲も酒欲もあるから大丈夫だろう。

季節も季節だし、オデンで熱燗、秋刀魚の塩焼き、トロ、寿司で一杯、が頭の中を駆け巡る。


案の定、風を引いてしまった、朝方から喉の痛みと、汗で眠れない。
今日は、一時間目が無いので助かった、これで、太極拳ではえらいことだ。
10月から、授業開始が8時になる。
いよいよ、2ヶ月目に突入。

二回目の荷物が届く、何が入っているか楽しみだ。

中国語の先生が来て、10月5日から22日まで外出で授業が休みなそうな、喜んでいいのか?
それにしても、一科目ないと随分と違う、楽だ。
そう言えば、福地さんから書の先生のお話が途絶えている。
10ヶ月しか時間が無いのであんまりのんびりしていられない。

午後、荷物を取りに行く。
郵便局の前で骨董屋が地べたに並べている中に、幾つか面白そうな物がある。
蝉の彫り物、30元、鶏血石の印石、40元、合わせて50元でどうかと言うと、駄目だと。
さっと帰っ来たが、惜しかった。
偽者だとは判っているのだけど。


第2便荷物
セーター2、長袖シャツ、ジャンバー、半袖シャツ、
感熱紙2、料理本1、マリア絵4、缶詰約10、いかの塩辛、
ざーさい、うにの振掛け、いかの薫製、カニ玉2、新聞2、目薬、
煮豆2、きゅうり漬物。南総。1ー2ー3アップグレード。

家にテレ、瑞枝ちゃんと上高地に行ってきて帰った所だと、まあまあだ。

Iさんにテレ、中国からの日本への留学生2名派遣、
とかでこのところ5日宴会が続いているそうな。
武漢へ行った話しをする。若い連中との行動が羨ましそうだ。
書の先生の件で心配して下さるが、生半可の先生には付きたくない。

夜、急に字が書きたくなって始めたのはいいが、
うまく書けたと思ったら落款を逆さに押してしまったり、
又、一張羅のズボンに朱を付けてしまった。


結局、昨夜加米酒一本開けてしまった。
今日は一時間目から、太極拳だと言うのに、風邪が本格的になってきた。
フラフラして帰って、野菜をうでる。二時間目が休講で助かった。


終に本格的に風邪を引いてしまった、
昨夜は暑さと寒さと汗で4時くらいまで一睡も出来ない。
結局、アルコールになってしまったが、増す増す目が冴えてしまって、字を書き出したり、
漢詩を読み出したり、喉が痛い、胸が苦しいやらで、不安が募る。
人間だから何時かは、死が訪れるのだが、
毎日、こんな事をしていて良いのだろうか、なんていろいろ考え込む。
もし、家に居たら何をしているだろうか。
行きつけの[黄金]で寿司、「松緑」で熱燗でオデン、
ゴルフ、山、温泉、書、同じようなものかも判らない。

二時間目、陳さんのお母さんが具合悪くて休講になる。
部屋に戻って休もうとしても、何だか落ち着かない、洗濯したりして過ごす。

昨日から、杜甫の詩の書に挑戦している。
杜甫晩年の詩、この辺りを放浪して、溺れ死んだとも、
岳陽の人々はこんな杜甫を哀れんで、後年、君山に杜甫亭を造って杜甫を偲んでいる。

登岳陽楼 杜甫

昔聞洞庭水
今上岳陽楼
呉楚東南圻
乾坤日夜浮
親朋無一字
老病有孤舟
戎馬関山北
憑軒涕泗流

始めの一行と、二行を物にしようとしているのだが、なかなか。
昔、漢文の授業で習った詩だ、「登岳陽楼」という表題しか覚えていなかったが、
岳陽楼に実際に登って洞庭湖を眺めるのは何ともいえない気分だ。


S先生の家に訪問する。
我々の住んでいる棟より、広いし、一部屋多い。
奥さん仲々の美人、息子の欣欣も仲々可愛い、一人息子が多い、
S先生の作品を幾つか見せて戴く、
親御のどちらかが書法の先生をしており、子供の頃から書いてきたらしい、
芯がしっかり通っている。
最近は多忙で書いてないらしい、100くらいの作品があるとの事だ、
「これを持って日本へ行きたい」
とか
「私の作品欲しいですか」
とか、余程自信があるのだろ。
しかし、中国の書道のレベルは高いので、書家として立とうとしても仲々なのだろう。
正直言って余り好きな書風では無い。
屈子祠に沢山の作品があるから是非見なさいと勧められる、
此所から汽車で30分のところにある。
屈原を祭ったお宮だが、近くなので是非行っておきたい。


Binから便りが届く、相変わらずせわしそうだ。
日本でも、いつも「忙しい、忙しい」と言って駆けずり回っている女が居るが、
まあそんなもんだ。
日本語の手紙は日記の中から、適当に選べるから何とかなるが、英語は大変だ。
すっかり語彙が少なくなって居る上に、やさしい単語もスペルがいまいち怪しい、
となると始めから終わりまで辞書と首っ丈と言う訳だ。

夜になると字が書きたくなる、誰かの言ではないが、もうそろそろなのかも判らない。
念のために日記に書いておこう。

午後、まず書道用具店で先だって買い求めた印材のサイズ不具合を是正、次の質問をする。
ここの娘だろうか、俺の事を覚えていて愛想がいい、もう三回目だ、顔は笑っているが目は鋭い。
岳陽師範のS先生やK先生は知ってると言う。
次の質問をする。

1、岳陽で最も著名な書家は誰ですか 李自由、周満庭、雷桂雲、欧??
2、篆刻をしたいが、腕の良い篆刻師を紹介して下さい 曹彪
3、表装をしたいが、腕の良い表具師を紹介して下さい うちでできる
4、書道用具の骨董品店は何所に有りますか わからない

篆刻を急ぎたいと言うと、店の若い女と男が、いきなり、今から一緒に行こうと言う、
何だか訳が分からないが、ええいままよ。
と、タクシーで乗り付けたのは曹彪先生宅。
曹先生上半身裸で迎えてくれる、二階の仕事場、
ところせましと、篆刻、書に関する物が転がっている。
作品を幾つか見せてくれる、日本の展覧会に出品した事の有るのは、
岳陽楼詩の全文を篆刻でしたためた物だ。
篆刻の善し悪しは判らないが、全文を篆刻するだけでも大変だ。
腕は確かな様だ。全紙用の印がとりあへず必要なので、一つ二つ彫っていただく事にする。
間房印に彫る文句に咄嗟に思い付いたのが、李白の例の、水天、風月、
先生が
「これですね」
と指差したのが、なんと例のその詩が、実物大で彫ってある。
いつか岳陽楼で買った拓本、どうも彼の作品らしい。

白印、朱印、間房印の三つで200元以下だ、明日の午後には出来上がると言う。

全文を篆刻で書いた、さっきの岳陽楼詩の拓本はいらないかと言う。
「幾ら」
と聞くと、
「100元」
で売るという。
「うえー高い、私は学生だから」
「幾らなら買うか」
ときた、余りに安くいうのも失礼なので、
「50」
というと、
「OK]
なんだか狐に詰まれたみたいだ。

帰りがけに、同行の男女、どうも店の娘と息子らしい、
娘の方が商売熱心で、店を切り回している感じだ。
息子の方は如何にもボンボン、英語が話せるので、専らカタコト英語と筆談だ。
彼等が
「彼の先生は世界的に有名な李立先生」
だと教えてくれた。


久しぶりに街をぶらつく、
この間の路上の骨董屋が、顔は変わっているが同じ品物を売っている。
露店の鶏の空揚げを齧る、もう馴れたもんだ。
夜、肉じゃがに挑戦、牛が豚、糸コンニャクが無いのが寂しいが、まあまあの味だ。
この調子だと、肉食に戻りそう、勿論、量は気を付けているが。


午後、篆刻を取りに行く、値段を忘れてしまって、
ナンボと言われても仕方ない、覚悟を決めて行く。
120元、出来栄えも仲々だ、曹彪先生仲々やる、此方に居る間、弟子入りしようかな、とも思う。
今度、墨雅妍に行ったらきいてみよう。
墨雅妍の娘は4人、みんな商売熱心だ、必ず何か一つ勧められる。
この間の三種類の紙から選らんだのは、たまたま、一番安かったのだが、此方の方が良いと、
盛んに勧められたが、テストして、私はこれを好むと言ったら納得してくれた。
息子の英語と、中国語の筆談だ。
帰って、早速全紙作品に、落款を入れてみる、まあまあ以上だ。
間房印が一寸寂しいか、「風月」の文句によるのかもしれない。


今日は禁酒日だが一本だけ失礼する、
と、またまた、鍵をやってしまったのだ、若、志貴,Johnにまた借りを作る、
幸いにも、鍵が机の上にあり、窓から釣りの要領で取る事が出来た。
鍵が竿の先に掛かった時、思わず吹き出す、
こんな所を娘やカミさんに見つかったら、それこそ、死ぬまで笑い者にされてしまう。
それにしても何とか考えねばならない、三度目だもの。

T先生、妊娠したとか、手術の為、幾日か休むようだ。
皆心配顔、写真屋や墨雅店には4人とか5人とか子供がいるのに、
真面目に「子供は一人」を守っている人も居るのだ、兎も角、街は青年が多い。
後で聞くと、何年からか以降が特に厳しいようだ。

Pが岳陽師範の書道部の入会に付いて、先生を紹介してくれる。
夜、訪問、同じ敷地の中だから便利、
「特に指導は無い、自分の作品を持ち寄って、
お互いに批評し合ったり、先生の意見を聞いたりする」
そうな、7、80人倶楽部員が居るそうな、特にカルキュラムはない、
写真2枚と、入会表経の記入と20元・20週。何だか様子が判らないが入会する事とする。
先生は、盛んに自分の作品を見せてくれる、個人指導を望んでいるようだ。

夜9時頃、辺りを探検に出る。
露店市場、食物屋の八分は閉まってるが、何となくまだ活気がある。
岳陽電磁会社の、学校で言うとキャンバス、
中国の学校も会社も、其処に関連する人々が、全て生活している場所、
そんな一角が学校の直ぐ近くにある。
そのあたりをさ迷い歩く、露店の玉突き所は盛会、女性が10%、
角角にある物売場の外では将棋、中ではトランプに興じてる。

特注で仕入れを依頼しておいた紹興酒が売店の棚に並んだ、早速、5本仕入れる、
一本500cc入りが6.8元。


水天一色
風月無辺

中国に来てから、この字を何枚書いただろうか、
それでも、草書と行書は何とかまとまったが、楷書と隷書が仲々出来ない。

食事作りもマンネリ化して面白くなくなってきた。
とりあえず、知ってるレシピを総ざらいしてみよう。

前にも述べたように、ここのキャンバスは、ここに関連する人が全て生活している。
聴力の米先生も,医務室の女医先生も、しょっちゅう、通りで出会う。
二人とも可愛い男の子のお子さんが居る。
米先生は,午前の3,4時間目の授業は大抵,15分前に終り,急ぎ足で自宅に戻る。
その途中で必ず,彼女の息子さんが待っている。
如何にも,生活に密着したシステムだ。

この間探検した近くの岳陽電磁は結構大きな会社だが、
日本の大抵の会社は、これ見よがしにある看板やら外観やらで、
近くを通ると直ぐ目に付くが,此方の会社は教えられないと判らない。
通りからズッズッズとはいって,こんもりとした緑の中に建っている。
その会社も,ここの学校と同じように,工場全体の生活区になっている。
アパートは勿論、食堂,市場,雑貨店,一寸した娯楽場まで有るのだ,いかにも合理的だ。
昼休みが,12時から2時半まである,その間は,何所もかしこも空っぽになる。
みんな,歩いて行ける距離の自宅で昼寝?やらなんやら,とにかく,昼休みだ。
この習慣は,勤勉な中国のものではなく,多分,ある時代の欧米の習慣が入り込んだのだろう.


久しぶりに湖辺りの散歩コースを歩く。
釣り人が沢山の竿を垂らしているが、
一向に釣れたのは見たことがない、そんなことお構い無しに、
ただただ、静寂に浸っていると言う感じだ。

 

時間を間違えて40分も早く行ってしまった。
そしたら、先生の子供さんが風邪を引いたとかで休講、みんなでJohnの授業を見学する。
2時間立ちっぱなしの充実した授業だ、いつもフラフラ、ブラブラしているようなJohn、
結構しっかりやてるんだ。
プラトンやアリストテレスのことを、とうとうと喋っている。
英語の授業と言うより、古代ギリシャの哲学の講義を聞いているようだ。
europian culture の授業だ、みんな英語がうまい。3ー40人、男は4ー5人。

[There shuld be a limit to how much money can have]
[There shuld be not limit to how much money can have]
について、30分程、クラスを二つに分けてデスカスさせる。
皆真剣に、堂々と、流暢に、勿論、英語で自分の意見を述べる、
「money is symbol of happiness」
「It's important how to use money」
なんていうのも出て来る。

午後、両替に銀行へ、宿舎で停電、断水で騒いでいたが、なんと中国銀行も停電だ。
鉄格子の扉が半分閉まっているので、もう閉店かと諦めて帰ろうとしたら、
何か窓の中でざわめいている様子、窓口に行って、
勿論、紙に書いた物を見せると、受け入れてくれた。
照明は消えているが、オンラインは動いているらしい、コンピューターの幾つかは動いている。
岳陽全体が停電の様だ。

分厚い札束を戴いて、大金持ちになった気分で街を彷徨、
デパートで冷凍の餃子と牛肉を買っておとなしく戻る。
出掛ける前に、食堂に魚料理を注文してあるが、この停電騒ぎでどうなのか、
キャンバスに入ると、天秤棒にバケツをぶら下げた人が何人か慌ただしく通る、断水の為だろう。
思いついて皿をもって食堂に、しばらく待って皿からはみ出しそうな焼き立ての魚を、持ち帰る。
停電の中、懐中電灯で骨っぽい魚を食うのだから、真剣にならざるをえない、
しかし魚は魚、仲々の味だ。


ゆったりと寝て、なんだかんだして午後ノッソリと出掛ける。
まず、岳陽の名物の一つの慈氏塔、唐時代の建築と言うから、もう、1000年位経っている。
七階建てで、塔の高さは37メートル、いかにも古い、
苔むすというより、草や木が各階の屋根やら隙間から長々と生えている。
その昔、洞庭湖の水害を鎮める為に、辺りの住人が寄付を集めこの塔を建て出したが、
途中で寄付金が途絶えた。
その時、近くに住む慈氏と言う一人暮らしの未亡人が全財産を寄付して、この塔が完成したそうな。





塔から1メートルも無い道を挟んでところせましと立ち並ぶ貧民窟に近い住居群の懐に抱かれるように、
何気なく、何となく大事にされているかの如く残っているのだ。
如何にも素朴で古風な建物だ、が、1000年は生半可の年月ではない。
直径が10メートルもない、石を積み重ねた塔が1000年も立っている、驚くべき技術だ。
土木という語源は中国に発するそうだが、日本では歴史が残っていない時代に、
こちらでは既に壮大な建築物が存在している、そんな歴史の深さの所以なのだろう。

呉の孫権の懐刀で、周瑜と左右を分け周瑜亡き後岳陽を引き継いだ呉の大将軍、
魯粛の墓は、慈氏塔から3、4キロのところにある。
岳陽楼の近くだ、3回ほど道を尋ねたが、皆知っていて教えてくれた。
さぞかし立派な、と思っていったら、
一寸した公園の様な所の中央に、小高い小山、これがと思われるくらい質素だ。
門は閉ざされていて、中には人っ子一人居ない、前の道から中の全貌が見える。
前の道は生活道路のようで、結構人通りが多い、その人たちは、魯粛の墓に見向きもしない。
何代も何代もこうして自分達の庭の様な感覚で暮らしてきたのだろう。
魯粛の墓に訪れてきた様子の人も見当たらない。



岳陽楼へ廻る、二回目だ、今度はゆったりと下の方の洞庭湖の辺りまで降りたりする。
洞庭湖の水面から、岳陽楼迄は100メートル近く有るだろうか、
洞庭湖から断崖のようにせりあがったところに、岳陽楼が聳えている。
この岳陽楼と先刻の慈悲塔が、水運が主体だったこの辺りの人々のシンボルだったことがうかがえる。
芝生に寝転んで、洞庭湖を眺める。時折、大小様々な舟が通り過ぎる、





これで熱燗でも有れば李白の気分になって、一句や二句は出来るのだろうが。
岳陽楼の底にくり貫かれた長いトンネルに入ってみる、素朴なお化け屋敷になっている。
中国の古代の音楽を演奏してくれる建物、写真や何かで見たことの有る古代楽器がズラリとあり、
例の鐘楼のようなのが大きい順に並んでいる、舟の櫓のようなものでこれを叩くのだ。

いつかの、日本語の話せる女の子の所を覗いてみると、
硯かなにかを掃除していたのだろう、真っ黒にした手のまま、たどたどしい日本語で話し掛けてきた。
「日本語を勉強したい」
らしい,名前は碧雲、ビーィウンと発音する。
彼女が中国語を、こちとらが日本語を教え合うと言うことになる。

夜、早速、碧雲よりテレ、日本語と中国語と英語と三つ合わせて、話しをする。
英語がペラペラなので、英語が軸になる、何とか為るもんだ、来週、君山へ案内してくれるそうだ。

やっと、楷書と、隷書が、一応で来た。
楷書は張廉卿、隷書は曹全碑風にしたが、何だか同じような仕上がりになってしまった。
まだまだ、修行が足りない。結局、一番得意の筈の行書が最後になってしまった。

どうも、寝起きが悪い。
昨夜は休日の土曜日、ビール一本、紹興酒3分の2、寝しなにビールが半分しか飲めない。
いよいよ焼きが廻ってきたか。
終日、家でブラブラ、恒例の野菜を茹でて、ホーレンソウも茹でる。
ホーレンソウが美味しい、茹で野菜も醤油で食べると仲々なもんだ。
ポン酢、マヨネーズ、ゴマ酢も威力を発揮し出した。
(つづく)

 

   

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