岳陽留学記7

二人の娘に荷物を持ってもらい、何とか三峡の旅を終えたが、
足の不具合はこれからの中国の旅に一抹の不安を残す。
陳さんの案内で病院へ行く、
あの冷える教室で長時間坐っていた足を組み替えようとした時、
膝の辺りでガリッガリッと音がしてから膝の痛みが取れないのだ。

「中国の病院の様子が見たい」
と娘も付いてくる。
病院の中は、沢山の人でごった返している。
さぞかし時間が掛かるだろうと
覚悟する、ところが、日本の病院と違って並んでいる人は居ない。
受け付けを過ごすと、いきなり診察室へ入り我先にカルテの様なものを差し出す。

先生は陳さんの父上の友人とか、当然、真っ先に看て戴く。
診察も一寸触っただけで手際良い、カルテへの書き込みを助手に指図する。
肝心の所だけ主任医師が書き込み、後は助手が書き込んでるようだ、
別室でレントゲン、これも待ち時間が無い。すぐに撮影完了。

写真が出来るまで1時間待ちとなる。
娘が、この時間を利用して美容院に行きたいといい出した。
目と鼻の先に陳さんの行き付けの美容院がある。お付き合いで付いてゆく。
女ばかりと思ったら、二人の男が気持ち良さそう散髪している。

「俺も」
と、鏡の前に坐ると、妙齢の女性が、まず、シャンプーを選択しろという。
頭を洗い出す、洗うと言うよりマッサージに近い。
頭のあちこちのツボ、コメカミ、耳、耳の中、耳の先端を爪先でマッサージ、
肩、首と30分も掛ける。
と、席を替えて、仰向けの姿勢で、頭を濯ぐ、また席を替えて、
今度は男性が丁寧に散髪、終るともう一度席を替えて洗髪、また席変えて、髪を整える。
娘は髪を纏めて、グルグルと巻き上げたような髪型だ。 二人で100元。

「骨に異常なし、風湿(リュウーマチ)の可能性がある」
飛んでもない、俺の親族でリューマチの気のある奴は誰もいない。
もっとも、リューマチについて何も知識はないのだが。
「薬を飲んで、一週間様子を見て、おかしかったら、もう一度来なさい」
困ったもんだ、折角の中国での冬休がパーになるかも....





娘とデパート巡りして時間を潰し、夕方碧雲と落合う。
以前行ったことの有る、サブリナの友達の教え子の親御さん経営している店に入る。
メニューの一番始めに目に付いた魚という字の付いた料理を注文してから、
メニューを良く見ると魚の字が沢山出て来る。
注文したのは、中でも一番
安い50元とある、きっと、あの骨の沢山有る奴に違いない。
急いで一番高い200元のに注文変更する。
一旦OKだったが暫くして
「もう、料理してしまいました」
だと、まあ仕方ない。
加飯酒を熱燗にしてもらって良い気分だ。



目の前の席で座を盛りたていたブルーで纏めたの華やかな美人がニッコリと挨拶を送って来た。
向こう向きで気が付かなかったが、何処かで見たことの有る、いや、面識の有る顔だ。
6、7人の席二つに陣取ってるのは彼女の仕事仲間の様だ。
皆一斉に此方を見る。仲間たちの間の女王様のような存在の様だ。
ほろ酔い加減の頬の赤みがブルーの衣服に引き立てられている。
早く、思い出さねばと焦れば焦るほど思い出せない。



フットその端正な横顔に慎ましやかな奥様のイメージが走る、なんと、連さんの奥さんだ。
何時か、一緒に食事した時は、口数の少ない、
いかにも良妻賢母の典型な女性、
そんなイメージだったものだから....
案の定、彼女は直ぐ、我々の席にやって来た。
慌てて娘を紹介する。
女は変わるもんだ。
普通の奥さんが、一寸したことで変身してしまう。
携帯電話でご主人を呼び出したようだ、連さんとは、昨日充分話してある。
二言三言、明朝の駅での待ち合わせの再確認をする。

部屋に戻って、娘のお別れパーテーで盛り上がる。




翌日、
今日は娘を送りながら長沙見物だ。
9時半、連さんがスクーターでやって来た。
昨夜の連さんの奥さんと今朝の連さん、どうもピントが合わない。

岳陽始発の汽車、7分の入りでほっとする。
中国の汽車も坐れれば何ということも無いのだ。
暫く覗いていなかった教科書を眺める、
こんな時に教科書見る心理状態はなんなんだろう。

娘はぐっすり寝込んでいる、三峡でも、以前のヨーロッパでもそうだったが、
何時も乗り物の中では良く寝込んでいる。
其の割にあちこちを良く覚えているのが不思議だ。

12時半、長沙着、連さんの妹さんの出迎えを受ける。
連さんを男にした様だ。
ニコニコと笑顔を絶やさない、大きなお尻でドッシリと大地に立っている。
ホテルまで歩いて5分と聞いていたが、15分も歩く、足の不調のせいだろう。
30階建程のホテル、客は少ない、当て込んだ客が思うように来て呉れないビッグホテル、
東京の港の方で良く見かける、そんな感じだ。

そう言えば、今、長沙では、世界博?が開かれていて、
盛んに宣伝しているがどうなんだろう。
三つ星ホテル、三人部屋で250元。

早々に食事して、兎も角、馬王堆墳墓博物館。



 墓の出土物は全てこの博物館に収められいる。
何年前に成るだろう、新聞で、世界的な大発見と言う記事に胸を震わせたものだった。
それが目の前に有る。



「余り、美人ではない」
碧雲が盛んに言う、楼欄のミイラと勘違いしているようだ。
美人と言っても、2000年前のミイラなのだから、大目に見ないと....
2000年と言うと、自分の先祖で言うと、何代くらい前何だろう?

出土物が凄い。
全く盗掘無しに2000点もの当時の物がそっくり2000年振りに出て来たのだから驚きだ。
絹織物、刺繍に目を見張る。



漆器は日本独特の芸術、技術と思っていたのに、中国には2000年も前に存在していたのだ。
陳列されているどれかを、日展に出したら特選に成るかも知れない、そんな見事さだ。

俳句の季語に「羅、うすもの」と言うのが有るが、
2000年前の絹の羅は、僅かに49グラムだ。
刺繍の繊細さに眼を見張る、人間の技は2000年前も同じなんだ。



帰りがけに、隣の陳列室を覗く、
馬王堆墳墓の模型の近くで盲目の老女が怪しげな日本語で解説する、
「私は満鉄にいました」
何回か同じ言を言って居る、日本語が懐かしいのだろう。
少し、話し込みたかったが、遠慮した。

長沙の中心街まで歩くという二人に付いてトボトボ歩く。
考えてみたら今日は朝から碌なものを食べていない。
さんざん歩いて中心街、格好な食堂が仲々見当たらない。
流石に二人も疲れたと見えて、もう、何処でもいいわと目の前のレストランへ入る。
100人位は入れそうなアメリカンスタイルだ。
な、なんと生ビールがある。
1リットルの大ジョッキが48元、殆ど一気に飲み干す。
つまみは平目?の様な魚のムニエル、いける。
偶然、飲みたいもの、食いたいものにぶち当たった感じだ。


ホテルで朝食、15元/1人のバイキング、馬鹿に安いのに馬鹿に美味しい。
客寄せに必死なのだろう。その客は幾人も居ない。
その何人も居ない客の
其の中に何処かで見たことのある人が居る、やっと思い出した、やはりそうだ。
娘を出迎えに行った日、早朝から夜中まで一緒だったあの運転手さんだ。
同じようなことが良く起こるものだ。
中国は広いのに活動範囲が限られているのか、それにしても偶然は恐ろしい。

長沙駅から2、300メートルの所の民航ビルから飛行場行きのバスに乗る。
高速道路に自転車の人、歩く人、リヤカーを引く人もいる、鶏も歩いている。

「飲み過ぎて車に轢かれないようにね」
母親のような言い方を残して、娘はカウンターの奥に消える。
碧雲が、
「どんな気持ちですか?」
と、俺様の顔を覗き込む。

長沙駅で切符を買う列に並ぶ。
平日の普通の列車なのに、何故こんなに混み
合うのだろうか?窓口でもみ合いが始まる。
正月には、何時かの夏の混雑を超えるのだろう。

碧雲が列の前の方へ覗きに行ったまま帰ってこない、前の方を探ると、
ちゃっかり、若い男の前に入って話し込んでいる、うまくやったようだ。
お陰で、1時間半程時間が空いた。
足は大分良くなったのだが、まだ階段の下りは辛い、碧雲がズット荷物持ちだ。

碧雲は今回が初めての長沙だそうだ。
娘が高校生の頃、箱根を越えた
くないと、良く言っていたが、同じような事なんだろう。
帰りの列車の中で隣のビジネスマン風の男が話し掛けて来た、

「最近の日本経済の動きは日本人にどんな影響を与えているか?」
「そんな中で貴方はこれからどうする?」
「中国語習ってどうするんだ?」
「デジタルカメラ知っているか?」

「最近の円安で90%の日本人は大被害を被ってる、あとの10%は、むしろ
ほくほくだ、それはドルを沢山持ってる人と、海外拠点を沢山持っている企業だ」
といい加減なことを言っておいた。彼は銀行マンだそうだ。



娘の滞在はあっという間に感じたが、さぼった授業の穴埋めは結構大変だ。
いろいろ溜まってしまった。
一生懸命、予習して午後の授業に出たら、休講。
考えてみたら、もうすぐ前期が終わる、前期テストまでもう一週間しかない。
昨夜遅く風呂に入ったが、途中でお湯が出なくなってしまい、又風邪だ。
9時に床に就くが、汗で眠れない。



やっと起きて教室に行くと、教室変更、時間も間違えた。
いよいよ、老いとの戦いが始まったようだ。
午後の中国画も出席。

家から送られてない筈の荷物が届いた。
半信半疑で郵便局へ、何と、Aからの「山芋」だ。
クッション代わりの日本酒のパックが心憎い。
この間のKへのメールに
「こちらには山芋は無い」
と冗談で書いたのを目にしたようだ。

帰りのバスで、サブリナと一緒になる。
彼女はこの週末にアメリカに帰り学校に戻るのだそうだ。
多分今夜はお別れパーテーだろう、山芋を披露しよう。
しかし、アメリカ人に山芋食えるだろうか。
折角の山芋だが、料理の仕方が分からない。
家にテレして、三つ程レシピを仕入れる、
が、今夜は既に準備完了とのことで、山芋は次の機会に...

風邪も何処かへ行ってしまったようで、酒が美味しい、一寸過ごしたようだ。
草々に引き上げ、「朝辞白帝」の全文を楷書で全紙に挑戦、28文字を楷書で
書くのはかなりきつい。 二枚書いたら寒気がして来たので床に入る。
明朝は1時間目から授業がある、一寸、興に乗り過ぎたようだ。



何と、又、風邪が戻ってしまった。
寒気と鼻水と咳、おまけに寝不足で、フラフラしながら授業へ、
一番面白い中国文学、ところが今日はあの一番苦手な
「平仄」
宋詞(唐詩とは少し違った韻文らしい)を黒板に書いて、
「平仄」
を付けなさいという事だが、サッパリ判らない。
三峡へ行ってた前回の授業でやったらしい。
先生が傍に来て一生懸命説明して下さるが、残念ながら中国語、
先生も諦めたようだ。

2時間目は听力、中国語の聞き取りの時間、これが又、苦手の奴だ。
中学や高校の時、カードに書いて英語を暗記した、
あれと同じ努力が必要なのだが、とってもやってられない。
年の上に不努力だから、一向に覚えられない。
何時の間にか、みんなと大分差が開いたようだ。

日本では日課だった散歩もしてない、月に2、3回のゴルフも当然出来ない、
週に一度の禁酒日すら怪しい。不摂生が祟ったようだ。
さて、どのように立て直すか。

家から電話が入る、何かガナッている。
にほんに戻った娘が或る事無い事、有りのままを報告したらしい。
こんな時、電話は有り難い。
聞く聞かないは此方の自由だ。


AKIさんとの何回かのやり取りで、やっとNIFTYに繋がった。
何のことはないIDとパスワードの入れ方に問題があったようだ。
繋がったものの、日本での画面と違っていて面食らう。
何よりも、一つの画面から、次に移るのに時間が掛かる、
早くても2、30秒、から2、3分もかかる。
LOGも自動で落ちないので、一つ一つ、ファイルにしまわなければならない。
これも、同じように時間が掛かる。
あっと思ったら45分掛かっている、一寸、実用的でない。

Hの友人が20日頃やって来るらしい。
彼女が案内役だが、旅馴れてないので、どんなもんかとの相談だ。
折りから、碧雲も来て話が弾む。
掘米は大学で3年中国語を勉強しただけ有って中国語はペラペラで、
碧雲と対等に話すのだから恐れ入る。
こんな連中と一緒に机を並べているのだからたまったものではない。
半年で日本の大学へ戻り、卒業したら、また中国へ来て日本語を教えたいそうだ。
彼女なら充分出来る。

そういえば、今週の終わりから試験だ。
全くチンプンカンプンでどうなってしまうんだろう、
兎に角、忘れる方が多いのだからお話にならない。
馴れないことに手を出してとんでもないことになってしまった。
覚悟を決める、 読写の教科書の31課から39課の新しい単語だけを覚える、
あとは中国語の例文だけ、この二つに絞る、これで50点は取れる筈だ。
ヒアリングは捨てる。
学生時代に、何とか単位を取り凌いだ奥義だ。


陳さんにCHINANETの変更手続きをして戴く。
今迄は月6時間で100元だがあの時間の掛かり具合ではとっても時間が足りない。
今度は300元で75時間、たっぷり使えそうだ。
しかし、電話料金はどうなってるのかさっぱり判らない。
請求書が送られて来るのかと思ったら、自分で郵便局へ払いに行かねばならないようだ。
12月分、相当の超過を覚悟したが、お正月過ぎてから清算とかで使用状況が全然判らない。
去年の留学生の一人は帰国時にドカンと巨大な請求書が舞い込んで腰を抜かしたそうな。

午後の中国画の授業、いきなり今から試験作品をつくれ、ときた。
人物画、老人が幼児をひっかりと抱き上げている画を臨書する。
汗こそ出ないが寒さを忘れる時間だ。

夕方、いつもの市場に出掛ける、最近は一週間分位をまとめ買いしている。
前回、玉子10個を買ったつもりが7個しかない。
どうもおばさんは10個(シーコ)を7個(チーコ)と聞き違えたらしい。
このシは日本語に無く舌の先を上顎に付けて発音するのだが,
中国語の基本中の基本だ。
まだこんな初歩的な発音が出来ないのかと悲しくなる。

今日はしっかり10個あった。
店の奥のコタツが暖かそうだ。
理屈は日本と同じだがこちらのコタツは土間に直に据え付ける。
机の下にコンロを入れて布団をかぶせ、
椅子に腰掛けて靴を履いたまま、手足を潜り込ませるという按配だ。
おばさんが、あたってゆけと手招きする。
おばさんとおばさんの叔母さんと三人で暫く御喋りをする。
「幾つ?」
と聞かれる、此方の習慣で年を聞くのは少しも失礼ではない。
「秘密だ」
と言うと、二人は怪訝な顔を見合わせる。
「何故、そんな事を秘密にするの?」
と言う顔だ。
「子供は?」
「お正月は日本に帰るの?」
「何しに中国に来てるの?」

 

家に戻って玉子を忘れてきたのに気付く。


中国文学の時間に蘇東玻が出てきた。

赤壁懐古
大江東去、浪淘尽、千古風流人物。
故塁西辺、人道是、三国周郎赤壁。
乱石穿空、涼涛拍岸、巻起先堆雪。
江山如夢、一時多少豪傑。
遥想公謹当年、小喬初嫁了、雄姿英髪。
羽扇柁巾、淡笑間、強虜灰飛烟火。
故国神遊、多情応笑我、早生華髪。
人生如夢、一樽ト江月。

周郎、即ち周瑜、は余程良い男だったらしい。
小喬の美麗な初々しい花嫁姿が目に浮かぶようだ。
赤壁で曹操軍を打ち破った周瑜、その武勇と共に男振りの良さも中国中に鳴り響いた。
絶世の美人と謳われた二喬姉妹の妹の方の小喬、
当時のスターの周瑜に嫁いだのは16歳だったとか。
二人の結婚は巷の隅々まで知れ渡り、万人に祝福されたと言う。
残念ながら、周瑜は夭折してしまう。
一説によると、蜀を攻めるべきだと主張する彼は孔明に毒殺されたとも....
もし、天才的な武人であった周瑜がもう十年も生きていたら、
三国志の筋が大幅に変わっていたであろう。

若くして夫に先立たれた小喬、その美貌ゆえに曹操にしつこく言い寄られた。
彼女は周瑜に操をたてて自らの命を絶ってしまうのである。
岳陽楼の一角にある小喬の墓の辺りに立つと、
幸せの絶頂から悲運の道を辿った彼女の悲喜交々が偲ばれてならない。
小喬の墓の傍らに上記の蘇東玻の赤壁懐古の碑が建っているのだが、
周瑜、小喬への蘇東玻の思い入れ様も尋常ではなかったようだ。



Aが送ってくれた「やまといも」のパーテー、皆で料理を作る。
彼女たちの料理の手つき、やはり、女は女だと見ていたら、Hが仲々の達人だ。
彼は19歳、
これから大学の受験する、受験科目が中国語だけと言う大学があるとか、
彼の料理振り、采配振りを眺めていると、彼は大学へ行くよりも、
料理店でも目指した方が、余程良いと思うのだが。

とろろを秋田の蕎麦に掛けたり、白いご飯に掛けたり、
山芋のたっぷり入ったお好み焼き、絶品は山芋の刺身、山葵をタップリ利かして最高だ。
俺様は、もっぱら、玉子と山芋のとろろ、山芋の刺身、お好み焼きのつまみで一杯といく。

友達は有り難い。
皮が顔を出す、一通り、山芋料理を強制的に食べさせられる、
特に玉子の入ったとろろには、
「生の玉子は生まれて初めて..」
と、目を白黒させながら食べる。

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試験第一日目。
一時間目、読写(READINNG,WRITING)。
第一問、
悲しいかな問題の意味が分からない。
第二問、
小説の一部を持ってきて、幾つかの質問がある、
yes,noも交じっているので半分位は出来た筈だ。
第三、
四問は中国語にビンインを付けるのと、
ビンインを中国語に直すのだが是は8分どうり判った、様な気がした。
第五問は、熟語を使って文章を作る奴だ、これも8分。
第六問、
「中国へ来る以前と、来た後で、中国及び中国人に対する見解の変化」
の題目の作文、これも何とかお茶を濁す。

二時間目、説話(SPEAKING)。
もう、問題を忘れてしまった位だから、想像を絶する、甘く見て、5分の出来か。
ちと、山が外れてしまっただけのことだ。

午後、(HEARING).
最も、不得意な奴だ。
先生が三回話して、回答を書くのだが、サッパリ判らない。
たまたま、YES,NOで答えを書くようになってるので、兎に角、書き込む。
確率的には、50%は合ってる筈だが。



第二日目、会話。
流石、陳先生、レベルを俺様に合わせてくれたようだ。
それでも、あちこち、チンプンカンプン、
食堂とか、買物とか、旅先とかの、初歩的な会話なのに。
成るべくボロの出ないように、成るべく少ない字数で回答を書く。
中には、一行に一字のもある。例えば、食堂の会話、
「質問に答えなさい」
が問題。
「ご注文は何ですか?」
「魚」
「何か飲みものは如何ですか?」
「水」
こんな感じだが、でも、一応全部書き込んだので、6分は出来ているものと確信する。


午後、H、K、Iと四人で連さんを訪れる。それぞれ旅の相談だ。
連さんは、旅遊局のお役人だから、中国の旅事情に詳しいし、色々と融通を利かせてもらえる。
Hは日本からの友人と山峡へ、KとIは香港へ、
A,R,Sは桂林、雲南の方へ、皆それぞれ何処かへ行ってしまう。
俺様も、旅の虫がムズムズし出した。
足の故障をおして、雲南辺りへ出掛けようかという魂胆だ。

長沙から飛行機で昆明へ、昆明で3泊、シーサンパンナへ一週間、
昆明へ戻って、10日間、この間に大理、麗江へ足を延ばしたいのだが、
どちらもバスで24時間とか、一寸無理かな、まあ行けるところまで行ってみよう。

夜、皮の誕生パーテーに託けて、大宴会だ。
皮が俺様に問う、
「奥さんが恋しくないのか?」
「煩いのが居ないので、自由で快適だ、酒も自由に飲めるし」

昨年、一ヶ月間ヨーロッパを一人旅した時に、あちらこちらで、
「奥さんを置いて、一人で旅するなんて信じられない!」
と言われた。

中国では、このような趣旨の質問は受けたことがない。
我々日本人が、いや、私だけかも判らないが、
日本を一人旅する中老の歐米人の男を見かけた時に、
そんな風に全く感じないのと近いのだろう。


今日はJaneの教え子のXの家で御馳走して戴けるとの事だ。
五路のバスの途中で一路のバスに乗り換える.
30分も走ると如何にも郊外の雰囲気の中に真新しいビルが立ち並ぶ、
辺りに畑が青く眩しい。
そんな郊外の6階建のアパートの6階が彼女の家だ。
25坪から30坪くらいの3LDKにご両親と妹さんの4人住まい。
中国の典型的な中流家庭だが、少なくも住宅環境は日本より勝っている。

我らの仲間6人と、Janeとの7人で御馳走になる。
お母さんとお父さんの手作り料理だ。
ここでもお父さんの働き振りが目立つ。
お父さんは近くのガラス工場の技師、お昼休みが終ると工場に帰って行く。
お母さんもお仕事を持って居られるが、お仕事の前に一卓囲むのが毎日の日課だそうで、
食事もそこそこにニコニコと出掛けられた。

夕飯もとの事だが、我輩は遠慮して帰路に就く.
途中、乗り換えの場所を通り越して、岳陽の中心まで行ってしまう。
旧正月を二三日後に控え、
中心街は、何処にこんなに居たのかと思う程物凄い人波でごった返している。
みんな、お正月の準備の買物なのだ、
日本の歳末の上野御徒町辺りの風景と全く同じだ。


岳陽で殺人事件があったらしい、碧雲が震え上がっている。
何時もより早く来て、早く引き上げる彼女を、バス停まで送る。
「夜、一人歩きをすると殺されるかも..」
と独り言のように呟く、本当に恐そうだ。
こうゆう類の事件は、普通、テレビや新聞では報道されないのだが、
口コミで伝わるのだろう。


大雪になった、雪の重みで庭木の枝が不気味な音を立てて裂け落ちる。
碧雲からテレ、
「雪の岳陽楼がとっても奇麗です、写真撮りに来ませんか」
「寒いから...」
と、渋っていると、
「いつか、雪の岳陽楼を撮りたいと、言っていたではないですか、
早く来ないと解けてしまいますよ」
ってなことで、思い切って炬燵を蹴って表に出る、雪が足首を越す。
これでは暗くなったら歩けない。
雪道をズックで、よろよろしながら、やっと、バスに乗る。
途中、エンコした車があちこちで立ち往生だ。
メイン道路のど真ん中で、ほぼ横向きで止まってしまっている車も有る。
並木通りの木の枝もポキリポキリと思い切り良く、道に転がっている。

何時もなら30分で行く道を2時間近く掛かって岳陽楼に着く。
途中で銀行に寄る予定を変更して真っ直ぐ来たのに、
15分程約束の時間を遅れてしまった。
門前で、碧雲が靴を鳴らしている。

気を悪くしているのではと思ったのに、碧雲は、
「無理に誘ってすみません」
と恐縮している。
岳陽楼は開店休業のようだ。
それでも、この雪の写真を撮りに来たらしい幾人かがシャッターを押している。

「こんな大雪は生まれて初めてなんです」
と大喜びで雪の中をはしゃぎ廻る碧雲の姿はまるで幼児だ。
と言う事は少なくも20年振りの、岳陽では珍しい大雪なんだ。

如何にも銘木の様相を呈する大木の大枝が彼方此方で裂け落ちている。
「さっき、あすこで木の下に居た二人の人が、落ちて来た枝で怪我をしたんですよ、気を付けて下さい」
空を塞ぐように落ちて来るボタン雪の中に岳陽楼が一回り大きく浮かび上がる。
洞庭湖を見下ろと、木々が雪に染まり、白と淡い黒との墨絵の世界だ。
小喬の墓もしっかりとシャッターに収める。



  

 




早々に帰路に就く、明るい内に戻らないと、戻れなくなる可能性があるからだ。
この大雪では何が起こるか判らない。



連さんが昆明行きの飛行機切符を手配して下さった。
760元プラス何とかが200元、もう行くしかない。

銀行で両替、日本を出た時に確か115円位だったのが、130円だと、
元は$にくっ付いているから、大打撃だ。
全くどうなってんだ。
一万円札の一枚が少し切れていたら、突っ返された。
街には殆ど原形を保たない中国紙幣が出回っているのに。
まあ、八つ当たりしても始まらないが。


AとSとRが桂林へ出発した。
桂林からはそれぞれで雲南、タイ、ラオス、ベトナムを一ヶ月掛けて廻るのだそうだ。
何でも食えて、何処にでも寝られる彼等が羨ましい。
若さの特権だ。

思いがけなく娘からメールが入った、あの機械音痴が、驚いたもんだ。
中国に出掛ける時にパソコンを娘に上げて来たのだが、
まさかメールが打てるようになるとは夢にも思わなかった、このパソコン音痴の俺様の娘がだ。
世の中は着々と変わりつつあることを実感だ。


半年振りにV句会に投句する。
雪女郎、布団、蜜柑が季題だ。
以前にも何処かで触れたような気がするが、
中国には足の無いお化けと言うのは無いようだ、
従って雪女郎というのを中国人に説明するのは至極難題だ。
幼児に
「早く寝ないとお化けが出て来ますよ!」
の「お化け」は、こちらでは「鬼」、
だから、こちらの「鬼」は日本の「鬼」とはまたニュアンスが異なるようだ。

雪女郎ときにはロングブーツなど
母も無し故郷も無し布団叩く
湯河原の坂転げくる蜜柑かな



連さんの紹介で按摩さんがやって来た。
40歳前後? 部屋中に貼って有る書を見てやたら感心している。
彼も書が大好きなのだそうだ。
月に一度来るガス屋さん、水の運搬人さん、
それと月に2、3回出入りする工事人さん、
共通して書に興味を示し、じっと見つめて、唸ったり、
中には一言、言ってゆく人もいる。
日本人の書が余程珍しいのだろう。

今日の按摩さん、李白の詩を書いた一枚に目を止める。
「私はこの詩が大好きなんです」
と感慨を込めて読み上げる。
中国語の抑揚が臨場感の様なものを醸し出すのだ。

一段落すると、日本語で
「ハィ、うつぶせ」
「ハィ、仰向け」
ときた、結構、日本人の客が多いのだろう。
殆ど日本人と同じ発音だ。
「日本語が話せますか?」
ときいてみる、どうも商売語だけらしい。
一時間120元、こちらの相場としては決して安くはないのだが、
片道3、40分掛けてやってきて一時間なのだから..
足を中心にたっぷりやってもらう。
気持ちのせいか、一寸具合が良いようだ。


夕方、碧雲に買物に付き合って貰う。
先日、娘が来た時、俺様の履き旧した靴を見て、
エアークッションの付いたランニングシューズが足に良いからと、勧められたのだ。
一番大きなデパートの運動靴売場には、いろんなデザインの靴がずらりと並んでいる。
ナイキとか日本製の靴に交じって、
同じような紛らわしいブランド品のオンパレードだ、値段は余り変わらない。
見掛けもそうだが、曲げたり叩いたりしても、
品質的に、一昔前の如何にも"中国製"は見当たらない。
碧雲のご推奨はナイキだ、中国の若者のなかにブランド思考が浸透し出している。
碧雲が交渉して20%引き、デパートでもデスカウントが有るとは....

彼女はこのシーズンオフの2ヶ月間、仕事はお休みだそうだ。
給料が低いとボヤクがこんなに休みが多いのだから当然だろう。
英語のガイドに職替へしたいらしいが、
公的な資格が必要らしく、簡単にはゆかないらしい。
折角、英語がペラペラなのにもったいない話だ。


今日は、旧暦の大晦日。
爆竹をはじめて身近に見た、想像していたよりも大きい。
幅が10センチ余り直径が30センチ程のとぐろを巻いた巻き物になっていて結構重い、
2キロ位はありそうだ。

大晦日、中国の大部分の人がテレビに釘付けになる、日本の一昔前と同じだ。
ただ、若い人はダンスホールで踊り明かすのがはやりのようだ。
大晦日のテレビ番組、絢爛豪華、さしずめ、司会の無い日本の紅白歌合戦、
歌だけではなく、いろんな出し物が合間無く進む。
中国の古楽器、琵琶、笙、太鼓、笛、他珍しい管楽器、弦楽器の伴奏で、
虎の絵を持った美人達の歌と踊りのオンパレード、寸劇、漫才、手品....

そうこうしているうちに、近くのアパートの谷間に爆竹が響き渡る。
心身が清められる思いだ。
こころなしか、身のうちの悪魔が追い払われ、
福が呼び寄せられる気がするから不思議だ。
アット言う間に12時を廻る。
明け方になっても、時折物凄い音が聞こえて来る。

中国には初詣ってのは無いようだ。
お年玉はある、日本のお年玉袋の4倍くらいの大きさで、
真っ赤な下地に「恭喜発財」と書いてある。
門松、注連飾りの様なものは見掛けない。
ただ、各家の入れ口、扉には赤地に金色の文字が書かれた大小様々な札が、
べたべた貼られる。
「良いことが有りますように」
「お金が沢山貯まります様に」
「仕事がうまくいきす様に」
のような内容のものが多い。

この札が街頭の露店にズラーと並ぶ。
その場で文字を書いてる露店も有る。
「福」
という字が逆さまに貼られているのも多く見掛ける。
商店の軒先には、それぞれに趣向を凝らした提灯がぶら下がる。
今日二人旅に出掛けてしまって、終に俺様一人になっちゃった。


今日こそ寝正月と決め込んでいたら、結構なんやかんだあるものだ。
午前、陳先生と段先生がお正月の挨拶に来られる、中国の習慣なのだそうだ。
例の恭喜発財と書いた赤い袋を戴く、中国のお年玉だ。
お年玉を戴くなんて何年ぶりだろう?
歳はとっても学生は学生なんだろう、中身は50元。

給湯機の具合が悪く、風呂が思うような温度に暖まらない。
やっと、調整出来て、熱湯が入り出した。
一寸様子を見て確かめると、お湯は水に変わって居る。
そんなこんなで折角の正月もゴタゴタだ。
さっき、ビール買いに行ったら売店は閉まってる。
休みに入る前に確かめたら、
「正月中、休みません」
と言っていたのに、暫くビールに有り付けないかも。

午後、料理したりテレビ見たりして、ゆったり仕掛かったら、碧雲からテレ、
「あなたは一人ですか、寂しくないですか?」
そう言われてみると、何となく人恋しい。
日本で元旦をたった一人で過ごす、そんな感じなのだ、
「私、遊びに行っても良いですか」
何だか、同情されてるみたいだが、勿論OK。
童童と二人でビールを腕一杯抱えてやって来た。


面白い映画を観た。
傑作なシーンは、深夜、泥酔した中年男が、
人っ子一人居ない中心街の十字路の交通整理台の上で、
お巡りさんと同じポーズで、一心不乱に交通整理する。
真剣な顔付きでの一挙一動ががクローズアップされる。
何時も肩を落とし俯きかげんにしている中年男が、
持ってるエネルギーの全てを注ぎ込んでの交通整理だ。

こんな形で、冷え切った夫婦関係で溜り溜まった鬱憤を晴らすのだ。
インターネットだろうか、男は家に帰るとパソコンにしがみ付く。

お正月は名画週間とかで、中国の名画を深夜放映している。
中国映画のレベルの高さは以前に述べたが、
総合芸術である映画の個々を取れば、絵にしても音楽にしても歴史の深さは比類がない。
演劇、小説だって然りだ。

これは香港映画だが、「宋三姉妹」も仲々見ごたえがあった。
靄麗は金に、慶麗は愛に、美麗は権力に生きたというのが、
中国人の見方で面白い。


正月の街をぶらつきたいと言った時に、碧雲が
「何をするんですか?」
と言ってた意味が、街に出て判った。
人通りも疎ら、商店も殆ど閉まっている。
露店も何時もの三分の一も無い。
岳陽のメイン交差点にある、三つの百貨店の一つは閉まっている。
後の二つもまだ明るいのに、あれよあれよと言う間に閉まってしまう。

ホテルのレストランで、やっと、美味い魚にありつける。
フランス製の葡萄酒を奮発する、葡萄酒の事は良く判らないが、
それほど上等品とは思えないのに、加飯酒(紹興酒)の20倍位する。
この辺りでは、輸入品はなんでも高そうだ。

それにしても、寒いし、侘びしい正月だ、こんな事なら日本に帰るのだった、
なんて弱気になる。

草々に旅に出る決心をする。
少々足の故障が気になるが、暖かい雲南だ、何とか成るだろう。



 


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