岳陽留学記5

碧雲との勉強の合間に、彼女にこんな質問をしてみた。
「今、君の一番欲しいものは何?」
「1 洋服、2 良い家族、良い旦那さん、3 家、4 赤ちゃん」

1は想像出来たが、2、3、4は予想外、
日本の19歳の女の子とは一寸違う様だ、グッドファミリーを夢見ている。
日本では洋服、車、旅行ぐらいが上位を占めると思うと話す。
後で日本の連中に聞いてみたら即座に、
「お金」
ときた、 良きにつけ悪しけにつけ、先ず遊んでそれから家庭に入る、
が日本の多くの女の子の実態ではないだろうか。
「結婚を前提としないボーイフレンドは有り得ない」
と、碧雲はきっぱり言った。

女性が23歳にもなってもまだ結婚しないでいるとなると周囲の話題になる。
だから、親や親戚が心配して、それはもう煩いらしい。
中国では、結婚相手は、親が決めるかお見合いが80%だそうだ。
そう言えば、最近の日本の親達は、疲れたのか、
余りいはな言わないなったようだが、どうなんだろうか。
少なくも、拙宅では、一言も言った事はない。
勿論、関心は大いに有る。

「人間,、頭の善し悪しは、80%天性で、20%が努力だ」
勿論、当てずっぽうだが、こう言ったら、
「中国は違います、全く反対です」
と彼女は強調する、個人的見解のようだ、
自分の将来の子供の事が頭に有る様な気がする。
「普通、子供の頭脳は母親の頭脳が遺伝する」
と言ったら、
「いえ、中国では、父親です」
とむきになっていた。暗に、
「だから、頭のいい人と結婚するんです」
と言いたいようだ。
余談だが、私は、私の娘の出来が良くなかったのは、
母親の頭脳が遺伝したからだと、今でも信じている。


荷物が届く、今回は6人の荷物が同時に届き皆して郵便局に取りに行く。
こちらには宅急便の様なものは未だ無くて、荷物は必ず郵便局まで取りに行かねばならない。
当初、この不便さにブツブツ言ってた連中も馴れたのか、
むしろ、これから受取る荷物の中身を想像して皆眼を輝かしてる。
帰りの車の中、待ちきれない彼等は荷物を開きだす。
一つ一つ取り出しては、小さな子供みたいにはしゃいで、喚声を上げる。
家族の匂いがする心の篭った荷物は本当に嬉しいのだ。
殆どが食物なのも微笑ましい。

昨日、岳陽楼で見た高樹槐先生の字は楷書だ。
何人かの人達から,先生は楷書の大家とは聞いたはいたが、
正直言って、岳陽楼の石碑に古今の有名人と並んで先生の字が彫られている程とは思はなかった。
今日は、李白の「朝辞白帝城」の詩の全文を楷書で書いて頂く。
書も流石だが、詩の全文を諳んじていてすらすらと書いてゆく。
先生、幾つくらいの詩を諳んじておられるだろうか、
我々は、たった17文字の俳句すら数える程度しか覚えていない。


2、3日前からの膝の痛みには参った。
此方に来てから、昔、スキーで骨折した辺りが頻りに疼いていたが、
昨日、冷え切った教室で椅子の上にかいた胡座を組み直そうとした時、
ガリガリって音がしたように思ったが、それから本格的になってきた。
学校の医務所に行って薬を貰い、赤外線を当ててもらったが、
何だか、そんな代物では無い痛みだ。
岳陽の冷えを甘く見たようだ。
たまたま、Hがサッカーで足首を捻挫し、二人でびっこを引いているが、
余りみっとも良いものではない。

始めて、輪タクに乗る。
バックミラーはガラスの前面に細かいひびが入り、只、付いてるだけ、
モーターバイクに小さなリヤカーが付いてるだけだが、バイクもリヤカーも今にも分解しそうだ。
常に小さく揺れており、時々、大きな揺れが来る、10分あまりのって、黙って2元出したらOKだ。


10時過ぎに、お呼びがl掛かる。
Janeがクリスマス前に上海に出掛けるとかで、一寸早いクリスマスパーテーとの事だ。
我々メンバー7人全員とJohn,Janeと皮の10人。
奮発した葡萄酒のせいか、皆、適度に酔いも廻っているようだ。
いつもおとなしいKが、時々ひょうきんな事を言って、場を盛り上げる。

尻取りが始まった、世界の有名人を順に上げていかねばならない。
サマセット.モーム、ジンギスカン、カール.マルクス、なんてのも飛び出すが、殆どが
ミュージシアン、映画俳優、スポーツ選手だ。

途中からミュージシアンの名を言った人は、その人の歌を歌わなければいけない事になる。
自分が歌いたくて、わざわざ、ミュージシアンを出す人も出て来る。
兎に角、賑やかだ。
英人二人は口数、手振りも多くエンターテイント振りを発揮するが、
内の連中も負けず劣らず騒がしい。
WとSは1メートル75センチ前後あり、日本人としては大女で、声の大きさも体でも負けていない。


このところパーテーが続く。
昨日は学校主催の我々留学生への心を込めたクリスマスパーテーが開かれ、
今日のパーテーは岳陽市が岳陽市に滞在する外国人を招待したものだ、岳陽市長も顔を出している。







クリスマスソングとキャンドルサーヴィスに続き色々な出し物が続く。
第九やら、京劇の一こまやら、何時かの岳陽師専の男女のバレー、
指先で煉瓦に穴を開けるパーフォンマンス、
胡弓と中国詩の歌の伴奏の中で一遍の詩を墨で書くのは周先生、
こんな具合で、盛り沢山の中国料理を突つきながらの進行だ、英語の司会は我らが皮だ。

今日は内輪のパーテー、皆が自分で料理した日本食を持って集まる。
何故かサブリナともう一人アメリカ人も居る。
豆腐の厚揚げの煮物、蓮根の醤油煮、オデン等々、みんなの手作りだ。
どれもこれもに日本の味がこぼれる、
一品一品に
「美味しい、美味しい」
を連発する、こうしてみると、考え方や体つきが西洋人に近くなっても、
みんな日本の味が大好きな日本人なのだ。
例によって、俺様はビールと紹興酒で勘弁していただく。
Merry Christmas のメロデーもムードを盛り上げる。
アメリカ人二人が、突然、我々一人一人にプレゼントだ。いかにもスマートで心憎い。




山峡の旅行計画が整い、費用を支払いに行く。
冬休を利用してやって来る娘と碧雲と三人で山峡を下る計画だ。
船賃、見学料、食事、通訳料全て含めて、一人1400元、
2等から5等まである2等で、三泊四日だから、日本の相場からしたら随分と安い。
娘の帰る日の汽車の切符、長沙の宿、上海の宿の予約もお願いする。

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夕方4時半に長沙空港に着く娘を迎えに行くついでに、
近くの名所廻りをしようと学校の車を一日借り切る、500元。
6:55に来る筈の車が来ない。
陳さんに電話してから1時間もしてから、フルスピードでやって来た。
日本製の中型の乗用車で快適だ。

途中、明時代の集落が残っていて今でも其処で人々が生活しているという張谷英村、
あと屈原をまつった屈子祠の二個所に寄りたいと運ちゃんに言うと、一寸不機嫌な様子だ。
時間的に無理という、今回は屈子祠だけとする。

8月に此方についた時、至る所で工事中で有ったが、この4ヶ月の間に大体完成している。
国道107号、北京から広州に達する中国有数の基幹道路、
を南下し岳陽と長沙の丁度中間位のところで西の脇道に入る。
張谷英村は正反対の東側に180キロの標識がある、これは長沙までの距離と大体同じだ。
脇道はまあまあの道だが、ところどころに車輪を一つ外すと、当分抜けられないような泥濘もある。
運ちゃんが、張谷英村と言った時に良い顔をしなかったのが肯ける。

日本の長野県の奥の山間の田園地帯で見掛けるような、
小さな水田が谷間谷間をびっしりと埋めている。
時折、茶畑が現れる、
一瞬、静岡県の山奥に迷い込んだかと錯覚するくらい日本の茶畑と殆ど変わらない。
時々行き交うのは、日本の田舎でも良く見掛ける農耕機、これがこの辺りの足代わりのようだ。
農閑期のせいか働いている人は殆ど見掛けない。

一頃前、中国の農村の余剰人口は1億2千万人とかいわれていたが、
その後どうなってるのだろうか。
日本でも山奥の農家の生活は大変なようだが、この辺りの田畑の規模ではたかが知れている。

幾つかの村を抜けて大きな川のほとりに出る。
中国人の誰もが知っている愛国詩人屈原が、
かって彼が仕えた楚の国が秦に滅ぼされたと聞き投身したと言われている汨羅江がこの川だ。
今は乾季なので川幅も外れほどではないが、
「春になると、川幅があそこまで広がるんです」
と、運ちゃんの指差す向こう岸は、遥か彼方に霞んでいる。
屈原の投身した5月5日、これが端午の節句の起源だ。
中国ではこの日を詩人節とも呼ぶ。
この日はどの家庭でも粽を作る、菖蒲、ヨモギを軒に飾って魔除けにする、
そして、日本の盆暮れのように、みんな実家に集まって来て、一同で食事する。



日本ではドラゴンボートと言った方が通りが良いが、
長崎とか香港とかが知られているあの勇壮な龍舟祭の発祥の地は、実は此所なのだ。
屈原を偲んで行なわれたのが起源なのだ。

この川沿いの小高い山が玉筒山で、この山懐に屈子祠の幾つかの廟が立ち並んでいる。





廟からの河の眺めは素晴らしい。
屈原が放浪の果てとは言え、何故こんな辺鄙な所に居を構えたのか肯ける。
この河は洞庭湖に流れ込んでおり長江を通じて中国の要所と水路が通じているのだ。
汨羅江を支えて広がる広大な農業地帯、そして洞庭湖の漁業、
この地が古来「魚米之郷」と呼ばれ、
此れが古来列強間での戦いの場になった事も肯ける。

歴代の高官が訪れた古い記念写真が沢山飾って有る。
紀元前350年生まれの、この大詩人を慕って中国各地から訪れて来るのだ。
古今の名蹟が並んでいる中に高先生の碑も交じっている。


長沙飛行場についたのは2時、まだ二時間以上ある。
二階の喫茶室でコーヒーを飲もうとしたら、一人25元以上の注文が要るのだと。
仕方なくビールとピザを追加して時間を潰す。
暫くして、様子を見に行くと、到着時間の欄の標示が
「unknown」
になっている、カウンターに尋ねると、
「今、上海を出発したとろだから、到着は八時頃でしょう」
結局、6時間待ちとなる。

やっと、到着の表示ランプが着く、バラバラと降りて来る中に娘の姿が見えない。
これはえらい事になった、が、ジタバタしても始まらない。
諦めて帰ろうとしたが、まだ出迎えの人が幾人か残っている、
と、一台の飛行機のライトが垣間越しに目に入る。
運ちゃんが、
「これだよ」
という感じで、目配せする。

また一群の客が降りて来た、何事も無かったような顔の娘も中に交じっている。
チャッカリと中国人の男性に荷物を持ってもらっている。
それにしても中国の表示には気を付けないといけない。

3時間の道程を岳陽に向かう、運ちゃんがいろいろな歌をカラオケで聞かしてくれる。
流行歌から京劇まで盛り沢山だ、京劇のカラオケもある。
主人公に成りきって声を張り上げる運ちゃん、オペラを聞いているような錯覚に陥る。
碧雲も京劇、越劇の一節を聞かせてくれる、澄んだソプラノだ、
「私のは鋭さが無い」
と言っていたが、高い音ばかりでなく、鋭い刃物のような切れが、所謂、上手の要件のようだ。
京劇は中国の劇のことをいうのかと思ったら、河北省に古くからある地方劇の一つなのだそうだ。
越劇、湘劇、川劇等が、それぞれ浙江省、湖南省、四川省の地方劇で、
それぞれに独特の特徴があると、碧雲が教えてくれた。
碧雲の歌う京劇は女ながらに勇ましく、越劇は哀調の篭った調べだ。

続く

 

   


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