岳陽留学記4

大掃除、大洗濯、肉の煮物等作っていたら、時間が過ぎるのが早い。
夕方、墨雅斎へ、丁度居合わせた人が朱梅さん、40がらみの女性書家、
今書きあがったばかりの水墨画が素晴らしい、
枯れた繊細な骨の有る近代的な書風で讃が入っている。
経歴書みたいのを呉れた、北京大学で書道を学んだようだ。
顔真卿の争座位帖がメインの研究材料のようだ。
ただ、作品を幾つか持っていて、
「買わない?」
って感じが戴けない。本当は欲しかったのに。
朱梅さんは全中国全国に通用する書家らしい。

墨雅斎の若夫婦、たったさっき夫婦だということを知ったばかり、と篆刻の曹先生宅へ。
先生不在だ、若旦那が言うに彼は釣りに行ってるらしい、曹先生、
40がらみで独身、釣りが趣味。
一寸、路を外れると、其処は湖の入り江になっているのが深い闇の中に窺える。
帰るしかない、
「夕飯でもどうですか」
と、二人を誘ったら、はじめ断られたが、歩きながら話しているうちに、
それではと言う事で、岳陽賓店へ。
二人は昨年結婚したばかりの新婚夫婦、本当に睦ましい。

 

奥さんの峰ちゃん、店で仕事している時のあの目付きの鋭さは微塵だに無い、
穏やかで優しい、新妻らしい艶めかしささえある。
旦那と私が英語で話すと、若奥さんが、
「なに? なによ? なに話してんの?」
って感じで若旦那に言い寄る、若旦那、一つ一つ丁寧に中国語に翻訳する。
なんだかんだ、筆談を交えて、御喋りして、例の桂花魚等々、
彼等はご飯も食べていたからそれなりに満足した様子だ。
若旦那は岳陽大学を数年前に卒業、日本語を習いたいと言ってるが、碧雲のレベル程ではない。
いかにもボンボン、ここでもカミさんがリーダーのようだ。
何紹基と張廉卿の作品を探してくれるように依頼する。






毎週末、こちらにテレビではボクシングの放映が有る。
日本での悲壮感漂う日本贔屓の放映と違い、
世界レベルで面白い試合を選んで取り上げているから実に面白い。
今夜も身を捩ってヘビー級のボクシングを見ながら飲んでたら、飲みすぎてしまった。


二日酔いの太極拳はしびれる。
フラフラしながら耐える、KとSに酒臭いといわれる。3、4時間が休講で助かる。

シャワーが直り、久しぶりに、大きな湯船から零れ落ちるほど、
湯をたっぷり入れて風呂に浸かり、水を浴びる。
と、ビールが恋しくなるが、今日は禁酒日、
碧雲が買って来たお茶をガブガブ飲む、と、何時ものパターン、寝付かれない。


市場で、多分、「まいたけ」というのだろうが、
白くて割に広がって、ひらひらしている奴、両掌に抱えるくらいで、0.8元、
早速、本のレシピのきのこくんだりを見て、マヨネーズで塩、胡椒味で炒める。
酒の肴にはまあまあのものが出来た。


Fさん宅で高先生にお会いする、どっしりと落ち着いた方だ。
先祖代々書を勉強してきた家庭に育ったとか、
スルスルと万年筆で、顔真卿、顔真卿、柳公権、の筆法の要点を実物風に書いてしまう。
流石、中国のプロと言う感じ、彼方此方で教えているらしい。
なにしろ、既に、岳陽楼の碑の一つに彼の作品が彫られているのだから...
日曜の、午後3時から5時まで、月8時間で、500元。
先生、5路のバス停まで送ってくれる、56歳、直ぐ筆談になりそうだ。



帰りに、食堂で魚を買って、一杯始めると碧雲が顔を出す、アキの所に居たらしい。
今日は、北国の春、四季の歌、岳陽ガイドを勉強させられる。


朝ゆっくり起きて、食事、何だか落着かない。
この時間は先週から、中国文学の時間が始まっているのを思い出し慌てて駆けつける。
李白の話をしていた。
今迄、日本で李白のことは何回も本で読んだり聞いたりしているが、
中国で直に話を聞くとまた違った感じがする.
多分、日本語では余り気にしない「韻」を肉声で聞くせいだろう。

夕方、街へ、電気毛布56元、電気ストーブ125元、オーバーコート188元。


今日は野外の実地授業だ.
橋の下の市場で、牛肉、豚肉、鶏肉、きのこ、大根などを買う。
あちこち歩きながら、色々なものの名前を教え合うが、一向に覚えられない。
夕飯は、結局、岳陽賓館となり、何時ものコース、
ただ、今夜は紹興酒(加飯酒)を碧雲も手伝ってくれたのはいいが、初めて飲む紹興酒に
「美味しい、美味しい」
と言って居るうちに、目付きが少し妖しくなってきて、慌ててストップ、じきに回復。

電気ストーブをくるりと上向きにしてパンを焼くのが至極具合良い、大発見だ。

高先生の書道講義、点、線の書き方から根本的に違っていて面食らう。
明治時代に日本の書道家の多くが呉昌碩、張廉卿と言った人々から学んだ近代書道も、
以降、日本独自な方向に進み、当時の伝統を厚く引き継いでいる中国の書とは、
大分かけ離れた物になってきているようだ。
勿論、是か非かの問題では無い。
こちらの、というより高先生の考え方は、兎に角基本を大事にする。

楷書に限って言えば、
唐時代に、欧陽詢、顔真卿、柳公元の三者によって確立されて以降、どの時代の書も、
この三者を常に基本として学んだ後に自分の書風を確立している。
だから、楷書を習う時は必ずこの三者、
中でも一番基本の欧陽詢から出発しなければならない、
と言うことだ。

私の書いた欧陽詢の臨書をみての先生の言葉には驚いた、
「欧陽詢は、もっと風韻がある、もっと風雅である」
というのである。
私が欧陽詢が余り好きで無く、余り臨書してない理由は、
欧陽詢は風韻風雅が乏しいと思っていたからだ。
特に線に美しさを感じなかった。

先生に一字一字原書の拓と比較して、風韻風雅の乏しい線を指摘され唖然とする。
確かに原書は風韻風雅に満ち満ちているのだ。
どうも原書を見ていたつもりが原書の解釈に惑わされて見ていたようだ。
直ぐ変則的なもの、独創的な物を追いかけるが、基本有っての話なのだ。
何でも共通することだが、凡人にはこれが仲々出来ないのだ。
人生も乏しくなってこんな事に気付くのだから情けない。
しかし、この一点だけでも中国に来た甲斐が有ったというものだ。


サブリナの友達の教え子の家が、鍋物の食堂をやっており、我々を招待してくれた。
テーブルの真ん中にスッポリ鍋が入る、鍋の真ん中がS字型に仕切ってある。
唐辛子の辛さ具合が二種類に分けられているのだ。
辛さの好みに合わせて、このどちらかに、
別の皿に盛って有る野菜やら、肉、魚等をぶち込んで煮る。
辛くないほうでも相当辛いが、連中は辛い方でフーフー言いながら突ついている。
バックミュージック等の関係もあり、一寸雰囲気が違うが
、日本でも良く見掛ける鍋料理屋と言うところだ。

皆、腹一杯食べる、何回か追加が出たようだ。
何時もKが最後まで口を動かしている、彼女は此方に来てから、なんと、10キロ太ったそうな、
日本を出る時あんなにピョロピョロだったのに、今ではしっかりと二重顎が出来ている。


相変わらず、碧雲達、熱心に通って来る、二人とも英語がペラペラだから、
日本語、中国語の勉強の筈が何時の間にか英語ばかりの話になってしまっている。



昼間から停電、このところ、停電が多い、断水もだ、一昨日から暖房が入らない。
風呂に入って、ゆっくり暖まっていたら、停電。


朝、テレビの音で目が覚める、昨夜停電だったのでそのまま寝てしまった様だ。
テレビを消してもう一寝入りしようとして、今朝は中国画の補習がある事を思い出して、
慌てて昨日の残りのうどんを食べて、授業に駆けつける。
又、停電。


KOと連さんを尋ねる。
KOの留学期間は三ヶ月だから間もなく終了する、帰国の準備だ。
全く時間の経つのが早い。

連さんは岳陽市旅遊局市場開発課が職場だ。
仕事柄、当然旅に詳しいし、色々な手配もお願い出きるようだ。
暮の、娘との山峡、岳陽近辺の名勝旧跡と行き方、
ハイキングコース、切符の買い方などを教えてもらう、

夕飯は、近くの中国レストラン、魚料理が美味いので有名とか、今日のは闘魚という魚だ。
奥さんと息子さんが一緒だ、奥さんはキリリとしまった端正な容貌、笑顔を絶やさない。
口数も少なく如何にも良妻賢母型、連さんは公務員でボーナスを入れても月給は1000元未満、
奥さんは郵便局に勤めていて、月給は1000元以上、
でまあまあの暮らしをしているとおっしゃる、彼は34才の働き盛り。

日本に留学した経験のある彼の言葉の端端に、例えば
「****サー」
「それでさー」
とかに出て来る。
発音と、使う場所が一寸おかしいが、話の中に
「****サー」
の出て来る中国人はそうざらには居ないだろう。


このところ市場には沢山の種類の茸並んでいる、
椎茸、まいたけ、ひめじ、ぐらいしか名前が分からないが
いろいろ仕入れて例のマヨネーズ炒めで、一杯はいける。


連さんより山峡下りについての連絡ある、
費用: 2等船賃700元、ガイド料、見学料などが250元、食事が一日100元、で一人1600元。
日程: 12月31日の夕方に岳陽出発、白帝城まで行って一泊、
翌日小山峡を見て一泊、4日の朝に戻る。 舟で二泊の4泊5日。
其の他 :全行程にガイドが付く、現地では現地にガイドが別に付く。
10日くらい前までに申し込めば良い。


電気ストーブが壊れる。
パンを焼いてるせいだと思うが、交渉に行ったら現物持ってこいとのこと。
で、持ち込んだら、すぐさま新しいのと交換して呉れた。
意外とアフターサーヴィスも行き届いている。
其処の店には、街に出掛ける度に声を掛け顔馴染みに成り掛けてる女性がいたせいかも判らない。

碧雲と童に、日本から持って来ている調味料やら何やらを味見をさせて、
中国人の味覚趣向をマーケッチングする。
残念ながら肝心の結果表を無くしてしまったが、結構面白かった。

兎も角、ナマモノは全く受け付けない。
当然塩辛は震えるくらい嫌がる。
醤油、味噌は平気。漬物も美味しそうに食べる。
マヨネーズは卵が入っていると言ったら警戒、何しろ生を怖がる。
マヨネーズに入っている卵は生かどうか判らないが、
でも ペロペロ舐める、油には強い。
海苔の佃煮は駄目。梅干しは平気。ラッキョも食べた。

碧雲、俺が野菜の茹でたのを醤油だけで食べているのを見て目を丸くして、
「油を全然使わないの?」
と驚いている。
「油無しの料理なんて信じられない」
との事だ。


墨雅斎で上等の宣紙を一反仕入れる。
一枚ずつだと3.6元が100枚だと一枚3.0元、300元だ。
普通のが一枚1元で買えるから可成の高級品だ。
日本で買うと、さしずめ、2、3万円は取られるだろう。


2、3日前から、碧雲、童に三橋美智也の歌を教えている、

夕焼け空が真っ赤か 鳶がクルリと 輪を描いた
ホーイノホイッ
そこから東京が見えるかい 見えたら此所まで降りてこい
火傷せぬうち 早く来い 早く来い

内容を説明しているうちに、仲々味のある事に気付く。
この歌が唄われた当時の日本が、現在の中国に似通っている。
現在の中国の青年の多くが都会を羨望して止まないのだ。
碧雲と童がしきりに肯いている。

だが、中国での住居の移動は簡単では無い。
大まかに言うと、農村の人は移動出来ない。
小さな都市から大きな都市への移住も駄目、
勿論、潜りでの移動は頻繁だが、
移住先で生まれた子供は移住先の学校に入れない。
戸籍?の移動が出来ないからだ。

恋愛問題も社会問題に発展する。
仮に今、出身地の異なる二人の北京大学の男女学生が恋愛関係に陥ったとしよう。
二人は将来を誓い合う、さてめでたく二人が卒業の段となると、
二人の就職先は政府によって決定される。
大体が出身地の近くに指定されることが多いという、従って二人は離れ離れにならざるをえない。
所が一度決められた就職先は変更出来ない。
現実に10年、20年と離れて暮らしている夫婦がいるそうだ。
勿論、公職の話ではあるが、中国では公職の方が生活水準が高く、まず、公職を希望する。
この辺りにも金とコネが動く要素がある。
中国の夫婦は同じ地域同士が多いのも、こんなことに関係しているのだろう。
一寸、生半可な知識を披露してしまったようだ。


キャンバスの中央通りの銀杏もすっかり黄色くなって、毎朝舗道が落葉で敷き詰められる。
ここの学生が毎日、これを掃き集める、ここの学生の義務なのだそうだ。
月に一週間勤労奉仕が義務付けられているとか、広いキャンバスだから大変だ。

何時の間にか、大通の彼方此方にごみ箱が設置された。
それにしても、こっちの人は何所へでもゴミを投げ捨てる。
2階、3階から通りに投げ捨てるので、学生たちが毎日掃除しても直ぐ汚れる。
ただ、ごみ箱の設置の如く、少しずつ考え方を改める方向に進んでいるようだ。

芝生を植えたり、彼方此方手を入れている。
前の道も、とっくに完成、橋も完成、3ヶ月の内にみるみる変身してゆく、円安を象徴するかのごとく。
そう言えば、今中国は投資ブームとか、
郵便貯金の利息も、普通で1.17%、定期は一年が3%、3年は8%有るそうだ。
しかし、円安止まらない、此方へ来る時、118円が現在128円、えらい事になってきた。
山一証券が潰れたとか、日本はガタガタしているらしい。


陳さんと、インターネットの手続きに郵便局へ行く。
ここまで辿り着くのに三ヶ月くらいかかった。
もっとも、途中で陳さんが例の病気になったりした事も有るが、
公安局、安全局、郵便局の三つの手続きが必要だ。

E−mail adress: komiya@.yy.hn.cn
login : komiya
password : *******

何やら書いてある小冊子を呉れたが、何をどうしたものかチンプンカンプン。
陳さんが、コンピューターに詳しい計算机系の郭老師を紹介してくれると言っているが....
手続き料100元、保証料500元。
月の使用時間によって、50、100、300元の三通りの費用になる。
月6時間で100元だ。とりあえず、100元にする。

郭先生、夕方から3回に渡って来てくれたが、
日本語のWINDOWSが全く判らなくて悪戦苦闘だ.
結局、今日は繋がらなかった。


週末の一日もあっと言う間に終ってしまう.
インターネット接続とサウンドが全く出ないの二件に挑戦するが、どちらも駄目だ。
参考書も余り持ってきてないので何とも心もとない。



変な夢を見る。
仕事をしている時の同僚、後輩、何人かの女性達に交じって学生時代の嫌な奴も出て来て嫌みを言う。
丁度其処にカミさんが居て助けを求めるが、チラリと横目で受け流して、誰やらと話し込んでいる。
今度は中国語の先生だ、不機嫌に私をなじる、
「まだ、そんな事がわからないのですか?」
何がなんだか判らない。
目が覚めて家に電話、留守番電話で自分の声を聞く味気無さを味合う。

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高先生、今日は、将来の個展の為の作品を選んで戴く。
壁に張って有る物から10点ばかり選ぶ。
最低40から50点必要だろうから、
あと40点、月に5、6点ずつ書いていかないといけない勘定になる。
書体、内容、作品の大きさ等、検討課題が多い。
東京だと、常に彼方此方で個展をやってるので参考になるが、
こちらでは、その辺が難しい。
まあ、夢で終らな終らなければよいのだが。

いみじくも碧雲が言う、
「何の為に個展をやるんですか?」
「入場料を取るんですか?」
は意味深長だ。
何となく、個展と句集が決め事なのだ。
昔なら、嫁さん貰って、家を造って、仕事して、ハイ!人生五十年、
と言うところだが、折角残していただいた人生、

ぶらぶらとしてるようでも瓢箪の胸の辺りに締めくくりあり

で行きたいものだ。

今日は、あんまり寒いので日本酒を熱燗でやる。
寝しなに熱い風呂に入って暖まる。


Yより便り、5月に30日間使って中国へ来るようだ。
北京、洛陽、西安、蘇州、上海、重慶、武漢、岳陽、炉山、南京、上海と廻るとか。
俳句に興味を持っているようだが、止めた方がいい、彼の体質に合わない。
でも、前回指摘した'や'を評価しているところを見ると捨てたものでもない。


夕方、Kの送別会、彼は3ヶ月の留学だ。
仲々の盛会だ、スッポンもあったし、カラオケも有る。
我々が面倒を見ていただいている部門の責任者のSさん、
会が始まる前からカラオケやっている。
食事が来ると彼はカラオケを止めて席に付く、どうも、カラオケは食前の催し?のようだ。

今日もみんな鱈腹食った。
相変わらず、kが最後まで牛のようにゆっくりと口を動かしている。
ビニールを纏ってグランドを駆け巡る努力も焼け石に水だ。

今夜は、学生食堂の二階の特別屋での会食、
帰りがけに通った大広間で、沢山の人が集まって何やらやってる。
まだ雫がこぼれ落ちそうな書が並んでいる、顔見知りの先生方が何人か居られる。
k先生が昼間言っていた書と絵の展示会かな? と見ていると、
いきなり皆の視線が俺様に集中する、どうもs先生が俺様を皆に紹介したようだ。

俺様に何か書けと言ってるようだ。
皆が拍手している、何となく後に引けなくなってしまう。
陳先生が、心配そうに言う、
「皆さんが、貴方に、何か書いて下さいと言っています。何を書きますか」
こうなったらコートを脱ぐしかない。
言わずと知れた、

水天一色風月無辺

酔いに任せてやってしまったのだ。
皆、親指を突き出して拍手喝采してくれる。
何人かの人が盛んに握手を求めて来る、陳さんが誰かの言葉を通訳する、
「素晴らしい、貴方の書法を教えて戴きたい」
なんて人も現れる、中国流の挨拶だ。
しかし、悪い気はしない。
こんなに大勢の人の前で描いたのは初めてだ。
人前に出るのが苦手なのに。

上機嫌で部屋に帰り、幾つか書く。何となく良いのが出来たような気がする。
人間というのは単純なもんだ、もっとも、俺様に限った事だろうが。


昼間、雪が降る、底冷えのする寒さだ。
下四枚。上五枚着ても、ガタガタする。女の子達もズボン下を履きだした。
その後、計算機科の先生なしのつぶてだったが、陳さんから電話があり、
彼は何やらに関係して忙しくて、別の先生、物理のR先生の紹介がある。

早速、先生宅と何回か往復して、
最後はパソコンを二つ並べて設定条件などを一つ一つチェック、やっと、やっと繋がった。
早速、第一信を自分、物理のR先生、沼津のNさんに送る。

Nさんから返信メール。
「有り難いもんだ」
思わず独り言が出る。
Nさんからは第二報、第三報も入る。 繋がってみると簡単なものだ。


明日、edyが帰国するとかで、Johnのところに、みんな集まった。
大騒ぎだ、JeneとEdyはついに出来上がったらしい。



学校の売店の下の食堂のワンタンが美味いというので、恐る恐る食べる。
辛くも油っぽくも無く、成功したかに見えたが、案の定、やはり、駄目だ。
どうしたものか、これからの旅が思いやられる。
外で食事が出来ると、時間的にずっと楽になるのだが。

今日はやたらやる事が有る。 E−MAILが打てるようになるのは有難いが、時間が大変だ。

家に手紙
BINに手紙
一週間分の野菜の買物
予習

あちこちご無沙汰しているところへのEーMAIL
掃除
洗濯
夕方は碧雲のお勉強

なのに、テレビの前に座り込んでしまうと、動くのが億劫だ。
重い腰を上げて、それでも、洗濯、買物、手紙を済ます。
所が、大変、netscapeで文字ボケが出てしまった、R先生の所へ行っても判らない。
Nさんから、返事が来た所を見ると、向こうへは届いているらしい。
折角、繋がったと思ったら、えらいことになってしまった。


午後、高先生、今日は隷書の聯作品を作る。
どうも俺様のは要らぬ力が入るようだ、流石先生、軽く書いて力強い作品に仕上げる。
来週は、「登岳陽楼」の前句四十文字を全紙に書こうと言う事になる。
全紙での「登岳陽楼」全文に挑戦だ、どんなのが出来上がるか、自分でも想像出来ない。
こんな所に、創造の面白味が有るのだろう、だから、面白いのかも。


文字化けを何とか潜り抜けられたが、まだ正常ではない。
メールは何とか送れているようだ。
俳句関係のMさん、Rさんと、メロウ関係のAKさん、ANさん、Kさんに第一報をメールする。
メールは打てるようになったようだが、残念ながらNIFTYには繋がらない。


今夜の補習は真面目に受ける、が、冷え切った石の部屋は足腰に来る。
夜の補習は一寸体に堪え過ぎる、今度からパスしよう。
また、風呂に入りそびれた、何時も寝る時に入る習慣がまだ抜けない。
三日程、風呂に入りそびれた、が、この冷え方だと、風邪の危険が有る。
本当は、寝る直前に入るのが一番だが、9時か10時には断水なので時間が合わない。


ANさん、Mさん、Kさん、RさんからRESメール、全く、パソコン通信ってのは凄い。
NETSCAPEが良く判らないので、昨日来ていたのを見過ごしたらしい。

Bさんは上海に移り住んだ模様だ。
何時か、彼は1500万円で結構なマンションが買えるといっていたが、
岳陽では、今のこの部屋ぐらいならば150万円で買えるとか、
上海と岳陽の違いだろうが、いずれにしても日本の事を思うと、魅力有る住宅条件だ。
どうも土地の値段というのが無いようだ。
それにしてもNIFTYに何故繋がらないんだろう。 もう少し努力してみよう。


昨夜はJohnの部屋で、アキが日本から持って帰った日本酒の宴会だ。
部屋に戻って、また飲んでしまった、飲み過ぎたようだ。
MさんとKさんへのメールをやっと書き上げたら、何かの具合で消してしまう。

一時間目、サボろうとしたが思い直して、這うように上課、
杜牧の詩が今日の授業内容、面白くて二日酔いも何処かにいってしまう。

赤壁  杜牧

折戦況沙鉄未鎖
自将磨洗認前朝
東風不与周郎便
銅雀春深鎖二喬

ここに登場する周郎、即ち、周瑜と、小喬、即ち周瑜の奥さん、
ちなみに小喬の姉の大喬は孫権の兄の奥さん、この姉妹が二喬だ。
この夫婦は岳陽ゆかりの人物だ。
絶世の美人で周瑜の死後、
死を持って節操を守り通した小喬の墓は岳陽楼の敷地の中にある。
小僑を少し調べてみたい。
赤壁の戦いで南下する曹繰の大軍を、火攻めで破った時の呉、蜀の連合軍の将軍が周瑜、
美男で勇猛果敢な戦士、当時のスターだ。 彼が岳陽の基礎を築いた。


今夜もお呼びが掛かる、昨日の日本酒の宴会の続きだ。

また、停電。
部屋を見渡すと、テレビ、冷蔵庫、電気ストーブ、エアコン、電気ジュータン、
電気釜、パソコン、あと最近は大抵の家にある、AUDIO,VCDセット、等々...
ざっとこれだけのものが、急激に普及したものだから、電気さんもたまらない訳だ。
山峡の発電でも、焼け石に水であろう。デパートに電子レンヂも並び出している。
交通事情も同じだ、あちこちで新しい道が造られているが、
車の普及のスピードの方がもっと速い.
時間帯によっては、岳陽の中心街の渋滞はマンネリ化しつつある。
上海、北京とかはもう東京並みなのでは。
新車の登録料、一寸正確な数字忘れたが、何だか馬鹿高い事を聞いた事が有る。
いずれにしても、時間の問題だ。


今住んでいるところは、
岳陽市郊外の南湖という湖に囲まれたキャンバスの一角の静かな居住地区だが、
時折、耳を突き裂けんばかりの大声が起こる。
日常茶飯事なので、今は何とも感じないが、当初は、その度毎に、何だろうと表を覗く。

と、二つの四階建て建物の間に立って、外から家の中の人を呼んでいるのだ。
「陳!いるか!」
「皮!先に行くぞ!」
「李!今夜マージャンやろう!」
とかいってるようだ。

そう言えば、こちらで「呼」と言う字を見ない。
「私の名前は安房守と言います」は「我叫安房守」だ。
「叫」と言う字が使われる。
こんなところにも、中国の広さを感じるのだ。


前回から、高先生には個展を前提に作品を見て戴いている。
前回の宿題は「登岳陽楼」詩の全文を全紙に書くだが仲々均整が取れない。
それでも、先生二つほど選んでくれた。
今日は、「水天一色」を篆書、全紙で挑戦だ、擦れが多いのと、尻が切れるのが問題らしい。
字の正確さ、左右の均整、要穏,用転筆、行草の用筆は無用との事、
判りきってるような事だが、実行するのは難しい。
それにしても、日本の日展とかで見る篆書の行き方とは一寸違うようだ。

あっと思ったら、今日は月曜日、禁酒日を忘れていた。
碧雲と我々の学習計画を立てる。
1時間中国語、1時間半日本語、30分フリー、
水曜は俺様の書道の日、土曜日曜はケースバイケース。


このところ、テレビの映画、週に三回くらいの割合で、
日本皇軍が出てきて、残虐非道を尽くしている。
どの日本軍人も愚鈍で、威張り散らしている、最後にはやられるのだが。

それはそれで仕方ない事と思ったが、
昨夜、食堂で魚料理を注文し出来上がるまで、
別室で此所の店の7、8歳の男の子とテレビを見ながら待っていた。
ここには大きなTVセットがある、
なんと、子供の見ているテレビの悪役は残虐非道の日本人だ。
我々が子供の頃に観た?笛吹き童子、とかの感じの連続物らしい。
件の子供はかぶりつくように見ている。時々俺様を見て、ニヤッとする。

我々も子供の時に漫画とかで同じような経験があるが、
当時と今では世界環境が全く違うと思うのに。
しかし、これだけ教育されている?にもかかわらず、
このような意味合いで不快な思いをしたことがない。
むしろ、碧雲達のように好感を持って接して来る中国人が多い。

同じような頻度で、日本で4、5年前に人気の有ったテレビ劇が放映される。
現代もので、名前は忘れたが日本でよく見る好感の持てる青年男女が出て来る奴だ。
此方の方が、現代の中国の若者への影響が大なようだ。

百恵ちゃんは大抵の中国人が知っている。
かって、百恵ちゃんの「赤い...」シリーズが中国で大ヒットしたようだ。
テレビの普及率100%、少なくも、この界隈は100%、
訪問した先生宅六軒の内の四軒はパソコンを持っている。
そのテレビでは毎日、世界の政治、経済、社会状況がつぶさに、
むしろ日本より詳しく報道されている。
そんな環境の中で、彼等は日本人を客観的に理解しているのであろう。

街のショウウィンドウに飾って有る高級品は日本製が多い。
日本への羨望、その裏に若干の妬みが隠れているようにも思う。


久しぶりに岳陽楼、これで三回目だ。
一番始めに岳陽楼を訪れた時に行った茶店を覗く、あの時の美人が独りで居る。
坐れ、坐れと言われたが遠慮する。
この寒さでは、幾ら美人を前にしてもビールに触手が動かない、熱燗でも有れば別だが。

茶店を出ると直ぐ階段が有る。
階段を登り始めると、向こうから降りてきた幼児が行き違いざまに、
「ママー」
と呼ぶ。 振り替えると先刻の美人が、半分、伐の悪い顔で立っている。
「貴女の子供?」
と聞くと、小さくうなずいて、仏様の様に顔をほころばさせた。
夏の時、彼女は脚の根元まで切れ上がったチャイナドレスだったが、
今日の彼女は着膨れている。
幼児の方も風船のようだ。

霧だろうか霞と言った方がよいかも判らない。
あたり一面に靄が立ち込めていて視界が定かでない。
朦朧と霞に沈む岳陽楼も、又、良いものだ。
岳陽楼の木の階段を一歩一歩ゆっくりと踏みしめる、シーズンオフで客は少ない。
三階は俺様の一人占めだ、暫く洞庭湖を眺める。
洞庭湖も波打ち際に近い辺りが幽かに認められ、
その向こうを、船影がぼんやりと動いている。
普通ならというより日本なら、この辺で一句くらい出て来るのだろうが、
日本の冬霞と違い生暖かいどころか、襟を立てる寒さで春の気配は全く無い。
季感が全く違うのだ。 どうも,気分が出ない。
例えば

冬霞幼児飛び込む母の胸

として、この句を見た日本人に先刻の母子の情景は想像出来ないだろう。
中国人と日本人とで冬霞に対する感じ方は全く異なると思う。

岳陽楼の敷地の奥まったところに、直径が20メートルほどの小山がある、
これが小喬の墓だ。



小喬の墓の近くにある外国人向けの売店、此所に等身の2倍くらいの小喬の像が有る。
絶世の美人であった言われる小喬の面影を偲ぶ。
杜牧や蘇東波に詠われた、勇猛果敢で美丈夫の周瑜将軍との美男美女のロマンス、
周瑜の夭折後、曹操に言い寄られ、終には周瑜への操を立てて自殺してしまう小喬、
中国の人々はこんな小喬を愛して止まないのだ。

再度、杜牧の詩だ。

赤壁 杜牧

折戦況沙鉄未銷
自将磨洗以前朝
東風不与周郎便
銅雀春深銷二喬

驚いた事に、その小喬の像の左右に有る聯書は高樹槐の署名がある。
入れ口の額も先生の字だ。
話しには聞いていたが、帰りがけに、ずらりと並んだ古今の有名人達と並んで高樹槐の石碑が有る。
どうも我が高樹槐先生、想像した以上の大家のようだ。

碧雲と落ち合い、岳陽楼の一角に絵の展示販売場を覗く、一寸変わった中国画が目に付く。
作者は??、小品だが味がある、碧雲に値段交渉をしてもらう、800元が500元までなった。
喉まで手が出るのをぐっとこらえて、表に出る。

夕飯には一寸早い、墨雅斎を覗いてみようと言う事になる。
先に隣の絵や書の陳列してある店を覗く、さっきの??の絵も飾って有る、
さっきの絵の2倍位の大きさだ、1200元の値札が付いている。

珍しく墨雅斎の若夫婦が居た。
暫く雑談して、例の朱梅さんの書と絵を見せてもらう、まだ、一つも売れてないようだ。
これらの絵を見たのは、もう三回目になるが、一番始めに見た感激は感じない。
どんな絵でもそんなものかも判らないが、絵の買い方は難しい。
投資のつもりはさらさら無いし、部屋のその辺に飾り付けるとしてもだ。
もう、老年の部類に入ったのだし、折角買っても、押し入れの奥に収めておくのでは、詰まらない。

何時か連さんに連れて行って戴いた魚屋にいこうという事になる。
散歩がてら結構の道のりを歩く。
途中でこの辺りにしては、一寸大きな表具屋が目に付く。
中にはいってぶら下がっている作品を見せてもらう。
親父が出てきて、
「絵に興味があるのか?」
と奥から何点か抱えてきた。

耳にした事に有る作者の中国画だ、さっきの??の絵が有るかと尋ねると、
まだ表具されてない絵を一点広げた。
岳陽楼の絵と、さっきの店の絵との中間ぐらいの大きさだ。
なかなか味が有って、款の文字が何とも言えない。
碧雲に値段を聞いてもらう、はじめ900元が600元までになった。
ただ、絵そのものが、岳陽楼に有ったものに比べると、一寸間?が多い。
きっと、買い得なのだろうが。
喉まで声が出たがグッとこらえて、店を後にする。

魚屋は満員だ、暫く表で待つ。
中の一つの大きなテーブルで、何処かの職場のグループらしい7、8人の男女が気勢を上げている。
乾杯する度に皆立ち上がって気勢、というより怒鳴り合う、特に女性が凄まじい。
だんだん、みんな立ち上がったままになる。

碧雲はこの様な雰囲気に慣れてないらしく、恐れをなしている。
やっと、席につく、何時かの闘魚は無く、桂花魚を注文、
安いと思ったら出てきたのはいつもの三分の一位の小さなのが三匹並んでいる。
美味しいがやたら辛い。
そう言えば、この間はの時は連さんが日本人向けの味に特注したのを思い出した。
碧雲が、
「うっかりしました」
と、頻りに恐縮する。

続く

 

   

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