岳陽留学記1

「自由の身になったら、一年間外国で暮してやろう」、
是が永年のしがない夢だった。
カナダ、オーストラリア、中国、オーストリア、スペイン、フランス、ポルトガル...
散々迷った挙句、最後は魚の美味いポルトガルに、と決めかかっていたら...
ヒョンな話しが舞い込んだ。 

私の住んでいる沼津市は中国の岳陽市と友好関係にあり、
今年も岳陽市に派遣する留学生募集というパンフレットが、文字通り、舞い込んだのだ。 
岳陽の名は、杜甫の詩で中学生の頃から馴染み深い。

少し調べてみると、入学試験も年齢制限も無く、
学費、生活費も極安、ガス、水道、風呂、
空調完備とかで居住環境も悪くなさそうだ。 
それと、趣味の書道の磨きを掛けるにはこの上ない機会だ。
問題はカルキュラム、1週間みっちりと中国語、他の選択科目で詰め込まれている、
試験も有るとの事だ。 
一年間、ボーっと過ごしたいのが望みであり、予習復習で追い捲られる生活は御免だ。 
しかし考えてみると、期間が決められた留学で、卒業試験がパス出来ないからといって、
中国から帰して呉れないわけでもないだろう、とタカを括る。

そんなことで実現した中国留学、同行者は8人。
高校卒業したばかりのH君、28歳のK君、大学在学中のHさん、あと22歳の女性4名、
私だけみんなの親父ほど年が離れていて先が思いやられる。
私とH君以外は何がしかの中国語の素養があるようだ。

H君のお母さんから電話、三回目だ、一人息子の海外留学が心配なのだ。
「お金は?」「荷物は?」「服装は?」

愛車Z,一年間ほおっておくわけにはいかない。 
泣く泣く処分、0百万円が00万円、五年間本当にお世話になった。
飼い慣れたペットみたいなものだったのに。

連日の歓送会で胃の調子おかしい。
何所から聞いて来るのか、結構電話が掛かって来る。 
同じ事を何回も説明する。 皆、不思議がっている。
「よくまあ! 一年間も? 一人で生活出来るの?」
「中国語出来るの?」
「動機は何? 書道?」
「奥さん、何とも言わないの?」
....


余りの早起きで、夢うつつのまま、東京駅から成田へ。 
宅急便の受け取りに時間を取られる、直前の奴、10個もの荷物だもの。
JALカウンターも12、3人の列、入国手続き、30人位。
それでも、しっかり日本酒を二本仕入れて、15分前に搭乗口に辿り着く。
みんな、もう、乗ってしまってるようだ。

定刻になっても出発しない。
「あと一人のお客様を探しています」
だと、こんなことなら、冷たいビールを一口飲んで来るんだった。

飛行機の中は冷房がきつい、ビールをやめて、ワインの赤と白。 
何所の国の飛行機もそうだが、スチュアレス大変だ。
たった三時間の間に、満員の客に食事を出して、
酒の注文を聞いて歩いて、もう、飛び回っている感じだ。

上海、凄まじい熱気と湿気。
長沙行きに乗り換え。
以前桂林からの帰りに、広州で国内線から国際線への乗り換えで、
えらい目に会った事があるが、
今回は時間も十分有るし、少しは中国語の出来る奴がいるので、安心だ。
ビールが13元、ミネラルウオーターが10元。

上海で6人が一緒になり、長沙では8人全員が揃った。
これから一年間我々をお世話してくださるT先生が満面に笑みを浮かべてお出迎えだ。

カートをヨーロッパの飛行場と同じように放り出したら、
保証金100元を請求され、T先生が支払ったらしい。
カートを持ってゆけば返してくれると言うのだが、其処に置いたカートが其処に無い。 
T先生、警察やらあちこち駆け回って、やっとお金を返して貰ったそうだ。 
これが第一のポカ。

T先生、女性、26歳、大学で日本語を専攻し、
ずーっと日本人留学生の面倒を見てきている。
日本語ぺらぺらなのが心強い。

車は岳陽に向かって走り出した。 
8人乗りのバンに運転手とその息子さんを含めて11人が大きな荷物の間に折り重なっている。
3時間の道程、長沙では、熱いのと、荷物の引き出しで、
みなトイレに行っていない筈だ。 
高速道路なのにトイレらしいものは無い。 
高速から普通の道に出てしばらくして、此所で出来るという。
なんの事は無い、私以外は皆OKだと。
若者たち皆しっかりしている。
しかし、凄いトイレだ、女性には一寸無理だ。
これが第二のポカ。

二つのポカの為に、一時間は遅れた。
それでなくとも、ギュウギュウ詰めの三時間、
折角付いている冷房を時々止めるのは、ガソリンの節約なのだろうか。
冷房が止まると、通りの匂いが直接入って来る、埃、馬糞、中国の:匂いだ。
沢山の街を通り抜ける。
何所にもまず目に付くのが、酒店、必ず若い女が足を投げ出している。 

いつしか、左右の風景にも、匂いにも慣れて、いよいよ中国に来たのだという実感が沸いてくる。
もう体力的にそろそろ限界と言う時、車は岳陽の街へ入り込んだ。

結構大きな都市だ、N市とは比べものにならない。
如何にも発展途上、日本の昭和40年前後の感じか、もう一寸前かな。
T先生の給料が、この四年間で二倍になったというから、想像を絶する変化なのだろう。

学校構内の、それぞれに割り当てられた宿舎にはいって、
まず注意事項は、水、ガス、鍵。
シャワーを浴びて、晩餐会へ、
予定よりも2時間も遅れたのに、校長先生始め数人の先生が暖かく出迎えてくださる。 
心尽くしの食事も、ビールも美味い。


昨夜、何度、目が覚めたか判らない。 
畳の感触に慣れた体に、ベッドが変に堅いのだ。 
と、クーラーの効き過ぎ、止めると熱気と湿気。
起き出すと肩が痛い、昨日の荷物のせいだ。

朝食、今日まではT先生が食堂にも付いて来て下さる。 
色々な料理、味もまあまあだ。 
しかし、どれが何と言う料理か、何遍聞いても覚えられない。

午前中、諸手続きと構内案内、広い敷地が広い湖に囲まれている、洞庭湖だろうか。
今日から2学期が始まるキャンバスは学生たちの行き来が激しい。
男の子は皆何となく野暮ったいが、女の子は皆スタイルがよい。
既に、すし詰めで授業をやっている教室もある。 どうも女学生の方が多い。



ここを卒業すると、皆、湖南省の小、中学校に散らばってゆく。

学校の売店、近くの食品市場を案内される。
売店で、傘、洗剤、フキン、等を買う。 工事中で道は最悪だ。



夜、Johnの部屋にみんな集まる、28才のイギリス人、英語の教師、とても明るい。
更に明るいのがJane,25歳のイギリス人、彼女も英語の教師らしい。
大切な日本酒を持って参加。

飛んでもないヘマ、鍵を持たないで部屋を出てしまった。
オートロックだからどうしようもない。
途方に暮れて、この時間で起きいるのはと、電話交換室へ、
親切な交換手の女性があちこちT先生を探してくれたが見つからない、
一時間後にもう一度交換室へ、出先のT先生がやっと捕まった。 
皮先生が鍵を持って駆けつけてくれた。
やれやれだ。


T先生の案内で市内の銀行、郵便局、百貨店。
駅までバスで、駅の近くの中国銀行、真新しい出来立ての大きなビル。
窓口がズラリと10位有る、両替窓口が馬鹿に混んでいて、
他はガラ空き、そこの窓口の店員は手持ち無沙汰だ。
支払い専門の窓口でドルの現金を貰う。
平気で割り込んで来る奴がいたり、店内のロビーに人相の悪いのが屯していて、気色が悪い。
学校への支払いがTCでは駄目で、現金に換えるのだが、可笑しな事だ。

次が郵便局、日本からの荷物は此所で受け取る事になる。
国際電話がカードで掛けられるとのこと、200元のカードを二枚買う。  
他のものに比べて馬鹿に高い感じがする。


夜、皆で餃子店へ、JohnやJaneも加わり賑やかだ。 
いろんな種類の餃子が有って、味も美味しい、ただ、一寸油っこい。  
約200元、15人位だから廉いものだ。



Johnの案内で街へ出る。 バスの乗り方、買い物の実地訓練だ。 
駅までバス、ワンマンカーで0.5元、銀行へ寄って、百貨店で買物、
紹興酒が何所にも無いのが不思議。
買物、日常雑貨品の大物はこの百貨店、小物は学校の売店、
毎日の食料品は、学校の直ぐ傍で毎日開かれている露天市場、こんな按配だ。

何が幾らだかサッパリ判らないので小銭をガバっと掴んで、要るだけ取ってくれ、という感じで差し出す。
毎日の事なのでインチキは無いようである。
ちなみに、米一斤(500グラム?)が1.1元、ジャガイモ一掴み0.5元、
こんなだから、月に1万円もあれば生きてゆけるようだ。

百貨店で髭剃り、時計、タンパン、米酒?など買物。
帰りはミニバス、車掌が「5」と書かれたダンボールを手に、首を出して
「ウーロ、ウーロ」
と呼び込みをしている。

5路(ウーロ)、第5路線バスの意だ。
14,5人乗りののマイクロバス、こちらは1元、何所からでも乗れて、何所でも降りられる。
学校の前が、工事中の一番難所、広い道路の上を橋が跨ぎ、北と南に分断された
学校をつなげる計画だが、完成は3年後とか、道路は年内完成の見込み。
帰りがけに学校の売店で、ラーメンを6種類買ってみる。
早速、試食、まあまあだ。

日本から送った荷物が届かないので、料理が何も出来ない。
油とか調味料とか、しこたま仕入れて有るので、待ち遠しい。

夕方、書記、校長、副校長の三人が、陳さんの案内で留学生の部屋を巡回する。
彼等も、部屋の具合など、初めての視察のようだ。

夜、ビールと今日仕入れた米酒を試飲、甘くて駄目。 結局、日本酒を一口とビール2本。
ビールを買って来るのが大変、重くて、幸い。
宿舎の2、3百メートルの処の売店に有るのだけど、
そこから毎日買うのは如何にも飲兵衛のようで、体裁が悪い。
水も口に入るものは出来るだけミネラル水を使うが、
これも重いのと、毎日の事だから馬鹿にならない。
なにしろ、ビールより水が高いのだから、開いた口が塞がらない。


午前中に教科書の配布が有る。 分厚いのが4冊、気が遠くなる。
テレフォンカードで電話出来ない事を陳さんに告げたら、
「そんな事無い、一緒に行きましょう」
と構内の郵便局まで一緒に行く、昨日出来ないと言ったのに今日は出きると言う。
実際に試して、家に繋がった、たまたま、留守だったが。
どうも質問の仕方が悪いようだ。

お米が買いたいといったら、陳さん、一緒に行ってあげると、
普通の米と餅米を一斤ずつ、購入。
陳さん、
「それでは少なすぎます」
「ちょっと、試します」
「おお、」
それなら、判ります、とうなずいて呉れた。
隣の市場の、野菜の買物も付き合ってくれた。
陳さん、野菜を指差して、ゆっくり中国語で教えてくれる。
兎に角、「これ」と言えばいいんだろうとタカをくくった訳でもないが、
全然名前が覚えられない。
年の所為だろう。 
人参、キャベツ、葱、ジャガイモを買い込む。 それぞれが0.5元くらい。

三時は、野菜を沢山入れ込んだらーめんだ。
何か一味足らないが、まあまあだが、野菜が固い。


JohnとWが、
「この土曜日、長沙にダンスをしに行く」
がと、誘いに来た。 
長沙は、いずれ一回は行かねばならない処だ。
「今夜、7時、H宅でカレーライスパーテーのご招待があります」

冷たいビールを買って、昨日の甘い米酒持参で、参加。
外人の生活力の逞しさを垣間見る。
JohnとJone,パッパと平らげる速さ、凄まじい。
誰かが米酒のラベルにライスワインと書いて有るのを発見した。
もう少し、注意深くならなければ。 これから、良い酒が見つかりますように。
今日からパソコンに、直接、日記を打ち込む事にした。


朝、緊張なおもむきでベンゴ室に集まる。
今日はクラス分けのテストだ。
I、K、Hが1クラス、あと5人は2クラスだ。
陳さんともう一人の先生のテスト、全然判らない。 先が思いやられる。
一つ判ったのが、
「あなた何歳ですか」
実際の年をを言ったら、吃驚していたがポーズかも。

荷物が届かない、仕方ないので、今日は買い込んだ。

醤油
味醂

胡椒

夜、味作りを試みる、 実験計画法を学んだのがやっと役に立った感じだ。
と思ったのは早とちりで、この組み合わせでは、好みの味が見出せない。
素材の問題だ。 
やはり、趣向が違うので、基本的に合わないのだろう。

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今日は長沙行きの日だ。
あんまり調子が良くない、何か食べるとおかしい。
でも、ここは一番みんなに付き合う事にした。



11時岳陽出発、久しぶりに味合う三等車の雰囲気、
3人がけのの真ん中の2時間弱で長沙、岳陽より大分大きい大都会だ。 



少なくも人口は100万のオーダーだろう。
メンバーは我々8人と、 皮,John、Jane、Saburina and Lin。

長沙に着くと、真っ直ぐにバスで、湖南師範大学の宿泊設備へ。
バスの途中で大きな河、 これが**川だろう。
川を渡ってしばらく行くと、学生ばっかりの街並み、これが毛沢東ゆかりの湖南師範大学だ。
学生ばかりと思ったら大間違い、広い敷地の中に、学校関係の人が皆暮らしている。
これは岳陽と同じだが、規模が違う。

バスの駅からの途中で昼飯とって、宿舎に入る。 以前に台北で経験した感じ。
しかし、折角のタブ付きの風呂にお湯が出ない。
結局、風呂には入らなかった。



一寝入りして、いよいよディスコ、宿舎の近くから3台のタクシーに分乗、
始めJaneが交渉して、30元が20プラスアルフアー、でメーターを下ろす。
少し、遠回りされて、Wがブツブツ言ってると、丁度次の連中が着く、若干の差があって、
Janeが幾らか値引きしたようだ。 若者の世界は面白い、馬鹿に出来ない何かが有る。

 

デスコ、大きな三階立ての空間で、みんな勢い良く踊っている、
驚く無かれAは舞台で踊っている。
こちとらは、カメラマンだ。 

帰りのタクシーでまたトラブル、ジョン達の車が全然来ない。
ホテルのパンフレットを運転手に見せたら、判ると言ったので、
そのパンフレットを我々の車に寄越したのだが、走り出したら判らないとか。
結局警察へ行って、パトカー先導で帰ってきたみたいだ。
ジョンが居たから良かった。
兎に角、不調。何か食べるとどうしようもない。


翌朝、長沙で、バター、ごま油を仕入れる。
長沙の駅、人でごった返している。
窓口に何本もの腕が入り込んでいる。
どうも、中国の一人旅は無理のようだ。

帰りの汽車は更に凄まじい、何処かへの長距離列車の様だ。
立ちっぱなしの2時間、殆ど死んだつもりの2時間、学生時代の満員の長距離列車を思い出した。
それでも何とかなってしまうのだから人間もたいした物だ。

戻ってからのビールの美味しいこと。
突然の電話、娘からだ、ナウなTシャツ、感熱紙、缶詰、梅干し等を頼む。


何時の間にか慌ただしく半月たってしまった。
まだ、電話も自由に掛けられない。
内線呼び出しになっているので交換手に中国語で番号を言わなければならない。
何回掛けてもその番号に繋がらない。 
要するに此方の中国語の番号が、私の中国語では交換手に理解出来ないのだ。

残念ながら、EーMAILは不可能のようだ。
内線呼び出しになっている関係と、
公安局、安全局、郵便局の三つの公的機関の許可が必要とか、当分断念するしかない。
交換台へ行ってやれば出きるかも判らないが、そう度々は面倒だし。

さて、授業は、月火木は朝7:30から4:30まで、水金は午前中と結構びっしりで、身にこたえる。
もっとも、昼休みが2時間位あるので、多少息が抜けるけれど。
授業の半分は中国語で、中国語の洪水。
'話す''聞く''読む書く'の三科目で、生徒も4、5人なのでミッチリやられる。 
この調子だといずれ、中国語の通訳にでも、と早合点されそうだが、
相変わらず忘れっぽさは何処へ行っても同じで、もう、付いてゆくのももどかしい。
仲間たちは皆、若い上に何かしら中国語の専攻してきた連中で、結構なものだ。



後は中国画、太極拳。
中国画は山水画で、基礎からミッチリ仕込まれる。
書道との共通点が多く、非常に参考になる。 
書道の方は、中国でも名の知られた先生が居られるとの事で、
少し馴れてからにして、来月から始めようと思っている。

また鍵をやってしまったのだ、もう恥ずかしいやら、何やら、
仲間達がみんなで駆けずり回ってくれて、やっと、鍵が届く。 
今度はまだ明るい内だったので、助かった。
鍵の生活に慣れていないので面倒この上ない。

台所と別に、部屋が二つあり割に広々している。
ベッドは一つだが長椅子で

 

寝る覚悟があれば誰でも泊まれる。 
冷房は効き過ぎる位だ。 
風呂も大きなタブが有るが肝心のお湯の出量が少なくて、
湯船一杯にするには20分くらい掛かってしまう。 
一応、テレビも冷蔵庫も有る。

水道水は飲めないが、ミネラルウオーターが大きなポリ容器いっぱい支給される。 
月に一つは無料で支給され、追加は15元。

5分程の所に、市場が有って、毎日の食料を買い出しに行く。
最近買物したもの。

地ビール(640cc)          1.9元
(間違いではない、水よりビールの方が廉い)
ミネラルウヲーター(600cc)      2.5
醤油                      7
塩                       0.6
酢                        3
砂糖                      1
味醂                      2
味の素                     2
ソーセージ                  2
緬                      2.2
米(1斤)                  1.2
バス賃(普通)               0.5
バス賃(ミニ)                 1
ビール缶(ハイネッケン)         8
写真現像(36枚)            16
ディスコ入場料              50
同上でのビール缶            20
15,6人餃子会食(飲物込)       200

岳陽は想像していたよりも大きな中都会。
中心街だけでも沼津の3、4倍は有りそう、
日本の昭和40年頃の感じで彼方此方が建設ラッシュ中。

バスもタクシーも日本の昔と同じ、
余りのオンボロバスで、はじめは乗る時躊躇したが馴れたら何でもない。  
タクシーは値段交渉が常識みたいで、面倒なので殆どバスで行動している。







気候は大陸性で気温の変化が激しい、一昨日まで、昼間は35度くらい有ったのが、
今日は20度以下でセーター必要、これから一気に寒くなると聞いている。

岳陽師専は街の東南の外れの大きな湖、洞庭湖の一部?に面してあり、
学校は今建設中の高速道路で南北に分断されていて、
北側が学習区域、南側が生活区域になっている。

学校に関係するあらゆる設備が構内にあり、関係者も殆ど此所で生活して
いて、居住者の為の5階建ビルが20個くらいある。



学校は3年制で来年から大学に昇格とのこと。 
台湾もそうだったが、ともかく女子学生が多い。 
彼等が卒業すると各地の学校の先生として散ってゆく事になる。
市内にはもう一つ公立大学がある。 私立大学も幾つか有るようだ。

日本からの荷物がまだ届かないので、毎日の食事が大変だ。
特に調味料が問題で、上述の調味料一式を現地調達したが、
中でも醤油味が日本と違って全く口に合わなくて味付けが大変。 
緬は結構いけるのだけど、緬汁が問題。 

それと、缶詰なんぞと思っていたが、やはり独特の味が問題。 
此方のお茶も全く口に合わない。 
 ただ、こちらのお茶は一斤が20元から2000元位まで有ると聞いたので、
探し方の問題かも判らない。
たまたま持参してきたわさびふりかけのお陰で生き延びられた。 
しかし、よくしたもので、時間が経つと、なんだかんだ、食い物を見つけるもので、
例えば冷凍の餃子、シュウマイ、これは抜群。 
インスタントラーメンもいろいろ種類があって、現在テスト中。

不思議なのは紹興酒が何処を探しても無い、日本酒はとうに諦めていたの
だけど、紹興酒の晩酌を当て込んでいたのが大期待外れ。
何か美味い酒を探さなければ。

成田から持ち込んだとっときの日本酒の一本を、ヨーロッパの経験から、
外人は飲まないだろうと、一応、格好付けて、歓迎会に持参したら、なんとイギリスの先生、
「オー!サキ!大好き!」
とか言われて、みんな飲まれてしまって、ガックリだ。





それにしても、紹興酒が無いとは夢にも思わなかった。
そんな事で、毎日ビール。 1元=14円位だから、ビール一本27円位って訳だ。 
勿論、買う場所で全然違うけれども。
芽台酒は380元/500cc、他の物価に比べるとやたら高い。
勿論、10元位の酒も沢山ある。 
試しに10元、20元、30元の3種類を買ってみたが、
まずいと言うか、強すぎて口に合わない。
みんな蒸留酒だ。
フランスには旨い焼酎があったが、もう少し探してみるつもりだ。


この日曜日に、岳陽楼に行ってきた。 



昔から名前だけは聞いていたが3階建ての、屋根のふんぞり返った例の昔の中国風の建物。
此所、岳陽は中国第二の湖、洞庭湖に面し、この湖の北側を揚子江がかすめている。 
中国の中央に位置する水陸の要所で有り、2000年の昔から大きな戦いの場になっている。
三国志に登場する呉の魯粛が例の関羽と大激戦を演じたのも此所、魯粛の墓も近くに有る。 
この魯粛あたりが岳陽楼の元を作り、何時の時代からか岳陽楼と呼ばれるようになったようだ。

こんな歴史の積重ねと、恵まれた風光明媚さで(それだけでは無いのかな?)
昔から沢山の有名人、特に酒の好きな?有名人が此所を訪れて、風景を楽しみながら、
酒を飲み詩を作り、書を書いて感慨に耽ったようだ。
この建物の廻りに、これらの人々の残した詩、書がところせましとかざってある。



古くは、李白、杜甫、白居易、孟浩然、新しくは毛沢東、華国峰と言った人たち。 
書の好きな人には何紹基とか董箕昌とかの書も目を楽しませてくれる。



今日は売店で李白書と言われている書の拓本を入手。
李白書と言うのは怪しいようだが、むかしからの言い伝えだそうだ、
本物とも偽物とも立証されて無い様だ。 
この売店に、カタコトの日本語を話す女の子がいた。 
何とか語学学校で英語と日本語を習ったとか、
日本語は未だ半年とかだが英語はペラペラで我々のレベルではない。

この分だと一年は短そうだ。
(続く)

 




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