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昆明から西へ直線で約300キロの大理、
つい最近まで、バスで山道を10時間掛かりだったのが、飛行機だと一時間足らずだ。
南北に細長い耳の形をしたジカイ((さんずいに耳)海)と言う湖、湖の周囲に連なる山脈、
特に西側は、4000メートル級の山々、万年雪を戴いている。 そんな機窓の風景を見ただけで、
「ついに大理へやってきたぜ!」
浮きたつ心を鎮めようも無い。

一番寒い一月の平均気温が8.7度、一番暑い七月の平均気温が20.1度、
標高約2000メートルの別天地、
フビライに滅ばされ、昆明に行政の中心が移されるまでの500年間、
雲南の中心として栄えた大理だ。

飛行機は、山々を縫うように、時には、山端を擦らんばかりに、ジカイの上を右回りに旋回して、
台地の上に造られた飛行場に着陸する。 
機外に出ると、清々しい空気が、ここは別天地、と教えてくれる。

空港バスは、下関という大理の手前までしか行かないらしい、
タクシーの運ちゃんが寄って来た、
「80元」
「いや、50元」
「とっても遠いんだ、50元じゃ無理だよ」
判ったような判らないような交渉で、
「60元」
に決まる。
運ちゃんの言うとおり結構長い道程だ、
21歳の運ちゃん、仲々話好き、彼の興味は専ら車だ。
丁度、通りかかったパジェロを見て、
「あれは日本で幾らする?」
「3、400万円位かな」
「へー、中国では2倍か3倍するぜ」
正確なところは判らないが、中国での車の価格、特に輸入車はべら棒に高いらしい。

長さが2、30キロもあるジカイの最南端に位置する下関の町のど真ん中を突っ切る、
「日本にも下関って町が有るんだよな」
彼は、下関の住人だそうだ、日中の下関が姉妹都市にでも成ってるのだろう。

大理が近づく、日本の松本、安曇野、その真中に大きな湖、
そんな感じだ、澄んだ空気が心地よい。
古い城壁をくぐって大理古城と呼ばれる大理の町に入る。

ホテルのカウンターにぺー族衣裳の娘さんのお出迎えだ。
チェックインもそこそこに街に出る、
大理王国と呼ばれた大理古城の中を南北に突っ切る道路に面して、
まるで博物館から出て来たような家並みが続く。 

 







瓦の間からもくもくと草が生えていたり、何時かの地震の跡だろうか、
軒が浪打ち、柱が傾いたまんまの家も有る。
それなのに、驚いたのは、街の奇麗さだ、一寸した脇道に入っても塵一つ落ちていない。
白を基調にするぺー族の衣裳も清潔そのものだし、美人も多いが、
汚すのが美徳と考えているとしか思えない??族とは全然違う。

古城の北の端から南端まで1 .5キロばかりしかない、
その南門、北門の間を一往復する。
例によって物売りのおばさんに絡まれる、適当にあしらっていたが、
一風変わった笛、と如何にも古い帽子が目に留った。
おばさんは、清時代の帽子だと言っている、
形は第二次大戦時のアメリカ兵の三角帽子に似ているが、
一面に銀細工の彫物の飾りに埋まり、何層かになった天辺には紅いヒラヒラが付いている。
あちこちが擦れ切れているのが如何にも時代物の貫禄をかもしだしている。
「笛200元、帽子650元、両方で800元」
「300元なら買うよ」
おばちゃんが何だかブチャクチャ言ってるのを無視していると、100メートル位も付いて来る、
「600」
「500」
「400」
まできたところで、おばさんが何かブツブツ言い出した。
「私ゃ、850元から400元まで下げて来たのに、
あんたはちっとも近寄らない、それは、不公平じゃないか!」
とクレームを付けてるようだ、面白い理屈も有るものだ、何故か気持ちがほぐれる。
「じゃー、350」
「380」
「350」
で買ってしまった。
何だか、値段交渉のスリルを味合いに中国に来た感じになって来た。 

宿の帰って、古い帽子をつくづく眺める。
30個もある銀の彫物が妖しい光を発している、どんな人が被っていたのだろうか。
意外に贋物かも...
(後日談:後日、日本への小荷物郵送の際、
この帽子は、他の三品と共に古文物不法持ち出し、
とかで、当局に没収されてしまった。
ちなみに、40元で買った銀もどきの小水差し、
中国の友人にお土産で戴いた人物像を彫った骨の短冊を10個ほど繋げたもの
(内容は線画の春画)、もう一つは忘れた。

ホテルの窓から目を上げると、雪を被った山脈、その中心の蒼山の真上に、
あたかも写っているようにくっきりと昼月が顔を出している。 
何時もなのか偶然なのか、空気が澄んでいるせいなのか、
覆い被さるように迫る雪山と冷たい光を発する昼月、



この組み合わせは、ツェルマットのマッターフォルンで見たような気がするが、
何か美しさを通り越した壮絶さ、荘厳さ、すら感じる。

窓の真下は、大理の一番の繁華街、と言っても、露店の骨董屋がチラホラ軒を並べ、
人の動きも疎らでのんびりしている。



その護国路には、欧米風?日本風?のレストランやコーヒー店が並んでいる、
白人が多い。
日本人も居るが圧倒的に白人が多い、8:2位だろうか。

夜、菊屋という日本風レストランで日本酒を熱くして飲んでいると、
シーサンパンナで一緒になった三人組がやってきた、
日本の女子学生風も二人付いている。
中瓶二本のお酒が瞬間的に空になった。
明日、此所の店の主催の、(さんずいに耳)湖の対岸のワーサー((手偏に空の工が乙)色)
で開かれるぺー族のマーケット見学の小ツアーに、みんなで参加しようということになる。




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対岸のワーサー((手偏に空の工が乙)色)へは一時間半ほどの船旅だ。
ジカイ((さんずいに耳)海)から見る大理、紺碧の空の下に、





細長いジカイに沿って巨龍の如く連なる4000メートル級の山脈、
頂上の雪の白線が、褐色の岩肌となり、薄っぺらでは有るが緑の草木の層、
その下に広がる黄土色の畠、人家、やがてやや緑がかった湖水、漁船、鵜を操る漁師、
この一大パノラマは壮観だ。
言ってみれば、富士辺りの海の上から富士を見たとして、その富士が海に沿って、
何処までも続いている、そんな感じなのだ。
大理の象徴とも言える三塔の白い輝きが辺りの風景を締めている。

船頭さんが帆を上げ舵を取り、幼児を抱いた奥さんがお客にお茶を配る。
船頭がバケツを湖に投げ入れて汲んだ水を幼児がゴクリゴクリと息を継ぎながら飲む。
客は、例の五人組、若い白人のアベック、ラテン系らしい4、5人連れ、
其の他は土地の人達のようだ。




 

土地の人達は麻雀を始めた、点棒もない、ドラもない、日本の様に捨牌を並べない。
中央にグチャグチャに投げ出すだけ、ゆったりしたマージャンだ。
煩い五人組も、陽気なラテン系の連中も辺りの景色に吸い込まれたのか、無言だ。
時代物のポンポン蒸気の音と、時折、ガシャガシャと牌を混ぜる音、長閑な船旅が続く。

市場はぺー族の人達でごった返している。
月の5の日に、此所へ売りに来て、此所で買って帰る。
米、豆などの穀物、ありとあらゆる野菜、果物、肉等の食料と薪、炭、衣料品、
いずれにしても日用雑貨品が主だ。
観光客相手の市場では無いので、特に買いたいものは無いのだが、
市場の少数民族の雑踏に入る、

 








 
これが、少数民族の生活の一端に直に触れる事が出来る、得も言えぬ楽しみなのだ。

 

人の群れに交じって豚も歩きまわる、売物だろうか。



殆どの女性がぺー族の民族衣装だが、年頃の若者は少ない、
皆、街へ働きに出ているのであろう。

小川に沿った道端で、豚の分解作業現場に出っくわす。



若い奥さんが仰向けにされた豚の両腕を広げ、御主人が大きな包丁で腹を真っ直ぐに裂く。
目を逸らして見ていたが、腹の中は思ったほどグロテスクではない、意外な清潔さだ。

市場から一寸外れるとぺー族の民家、特徴の有る屋根の反り、一軒一軒が白壁で四方を囲み、
殆どの家の玄関(と言うより道に面しているのだから門?)の上と両脇には、
絵と書を焼き込んだ陶器が埋め込まれている。
良く見ると、趣向を凝らした焼物が軒にも並んでいる。
日本の室内に飾られる額や軸の様なものだ。
門の欄間の一つは、横書きで、
「清白謄飛」
また、縦書きの聯の片方の詩は、
「居耳(本当はサンズイに耳)浜五風十雨皆為瑠」



とあった。 意味は良く判らないが、風流なものだ。


216
今日は、ジカイに沿ってバスで小一時間ほど北へ上がった沙坪の市場、
こちらもぺー族の市場。
昨日の対岸の市場は、街の中というか、港の広場のような所だったが、



 

今日の沙坪市場は、普段は人気の無い小さな村の外れの小高い丘の上で毎週月曜に開かれ、
大小のテントがところせましと張られる大規模な、有名な月曜市場だ。
バスを降りた停留所から市場までの道の両側に、ぎっしりと、骨董品の露店が並ぶ。
だが、品物は皆、昆明、大理ではおろか、岳陽でも見たことの有るシロモノばかりだ。
昨日の市場とは違って、ここは大分観光客を意識しているようだ。
とは言うものの、日用雑貨品よりも骨董品の方が面白くて幾つかからかって歩く。
今迄したことのない腕輪を嵌めたら楽しくなって、次々に欲しくなる、今日も、三つも買ってしまった。

草々に市場を切り上げて帰る途中、案内書に有った胡蝶泉が目に入った、
慌ててバスを飛び降りる。
領主へ差し出された恋人を救出した青年がその恋人と共に、
官兵に追いつめられてこの泉で心中した。
その後には、幾日も幾日も、白い蝶が舞い群がったと言われる美しい伝説の残る泉だ。
が、今はまだ蝶の舞う季節には尚早だし、泉の水もそれ程清らかでもない。
しかし、見物客は多い。
それも体を擦り合わせるようにくっ付いた若い男女が多いのは
胡蝶泉の悲恋伝説が彼等の心を打って止まないのだろう。
バス停から泉に登る長い道筋を埋め尽くす露店の数の多さが、
此処が中国人に人気の有る観光地であることを示している。
隣接する蝶の博物館、蝶に趣味のある人にとってはたまらない標本の種類、数の多さだ。
観光客の居ない裏道を下ると、何人かの女達が泉からの流れで洗濯をしている。
思わず手を差し込むと、心地よく冷たい、
こんなところに昔の清い流れが残っているのだ。

大理の街の近くに戻る、三塔が直ぐ近くだ。
唐の800年代に建てられた三つの仏塔が天に聳えている。
度重なる地震のせいだろう、
それぞれが少しずつ傾いているのが肉眼でも認められる。
主塔の高さは60メートルを越える。



三塔全体を写真に収めるのは一苦労だ。

大理の歴史は古い、日本の石器時代に、大理では既に銅文化が開けている。
高い山脈で幾重にも囲まれ、広い耕地と、魚類豊富な湖、清らかな湧き水、
きっと、平和な暮らしが有ったに違いない、そんな自然環境だ。
こんな大理も幾たびか戦禍に巻き込まれ、
広大な寺院は跡形も無く破壊され三塔のみが残されたというから歴史は恐い。
どんな目的で、どんな理由で、こんな所にまで兵禍が及ぶのであろうか。

大理の護国路筋には西洋風レストラン、カフェ、日本食堂も並んでいる、洋服屋もある。
半日でシャツを仕立ててくれるそうだ。



麻の中国服の上下と絹のTシャツを依頼して傍のカフェでコーヒータイムと洒落る。
同じ顔が何回も通るをよぎる。
昨日の舟で一緒だった白人のアベックも肩を組んで行ったり来たりしている。
斜め前の店先に、アメリカ人らしい一行が坐ると、
物売りの小母さん達の一斉攻撃が始まる。
大分まけさせたのだろう、してやったり顔の中年男、
「多分、ぼられているだろう」 と私はほくそ笑む。
顔なじみになった店のお姐さんに、
「俺は、この腕輪、三つで15元で買ったよ」
お姐さん、鼻で笑って、
「三つで3元ね」
と言われて、小さくなる。

まだ、陽は高い、大理博物館。
西暦以前の銅文化の遺物、碑林、殆ど人は居ない、ベンチに仰向けになる。
10センチもある大きな椿は峠を越している、紫木蓮、こぶしが盛りだ。 
赤紫色の三枚の花弁を持った花は何というのだろう。

夕方、ホテルの前のマッサージ店、まだ修行中の若い男だ、
傍で付きっ切りで親父が指導する。
心憎いほどツボを突く、たっぷり一時間かけて40元。

隣のカフェを覗くと、例の五人組、一杯のビールを御馳走になったのが分かれ目、
結局、葡萄酒まで奢ってしまった。
貧乏学生の頃を思うとつい情けを掛けてしまうのだ。
白人の美人が入ってきた、Jane..と思ったら今度こそ違った。
客の視線が一斉にその美人に集中する、小さな男の子の連れがある、
「僕がこの人を守るんだ」
と言うような顔付きで、くっ付いて世話を焼いている。  
土地の子らしいが、ガイドにしては子供過ぎる。


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6時半起床、麗江行きバスの出発時間は7時半、
少し早いので時間をつぶしてバス停へ行くと、
バスは既に出発した後だ、7時が出発時間だった。  まったくもー...
宿もチェックアウトしてしまったし、早朝の大理の街をノソリノソリと歩きだす。
道端へ竈を出して朝食の仕度、もう何人か客の居る飯屋、犬猫は余り見ない。
やがて人並みが動き出す、皆同じ方向に向かう、日本の何処にでも見られる出勤風景。
旅行者の居ない大里は普通の街なのだ。







 

馴染みのレストランで緬をすすりながら考える、麗江を一日減らすのはもったいない。
店の前の旅行社に聞くと、今度の麗江行きは12時半、
切符を買ってしまおうかどうか迷っていると、
「馬車に乗らないか」
と、小父さんが声を掛けてきた、
並んでニコニコしているのは昨夜白人の美人と一緒に居た男の子だ。
「中和寺まで20分、10元」
いずれにしても時間がある、中和寺までいってみよう、
「8元」
にまけさせると、何だかブツブツ言っていたが、馬車の観光と相成った。
何時の間にか例の少年もちょこんと横に乗っている。
凄い登り坂、少年はパッと下りて馬車の後ろを押す、大変なアルバイトだ。
「あれが中和寺」
と小父さんが指差す彼方の山の中腹に、幽かにお寺らしいものが見える。
それにしても随分と高いところにある、
目を凝らしてじっと見ると、小さな白い箱が空中を動いている。
レストランのお姐さんが説明していた意味が判った。
両手を上に上げてブラブラさせていたのは、リフトのことだ。

「ハイ、着いたぜ」
広場の入れ口の馬車止、広場の先がリフト乗り場、蔵王のリフトの類だ。
10元渡すとお釣を寄越さないでブツブツ言ってる、
「こんな凄い坂を登ってきたんだ、馬も俺もクタクタだぜ」
確かに凄い坂だった、
「じゃー、お釣の2元はこの子にあげろヨ!」
「ブー」
「じゃー、1元」
「あとであげる」
今迄黙っていた少年が口を尖らして猛然と、小父さんに向って何か言い出した。
暫くやり取りがあったが、2元渡したようだ。

リフトの乗り場まで二人が付いて来る、幾人かの人が待っているが、おいそれとは動きそうに無い。
二人は、私が12時半のバス麗江に行くと言って有ったので帰りの馬車を当てにしているようだ、
もう10時を廻っている。
ここまで来たのだから、中和寺まで上がってみよう、麗江は明日にしよう、 腹が決まる。

そうは決めたもののリフトは仲々動きそうに無い。
小父さんは、諦めて空の馬車を操って坂に沈んでいった。
どうゆうつもりか、ここに残っていた少年が何処かで聞いてきた、リフトは整備中らしい。 
ここまで上がると、昨日の三塔は丁度写真に収まる大きさ、格好の餌食になる。



「僕もリフトで上まで行きたい」
と少年が言い出した、
「子供17元」
と付け足す、
「今迄に何回行ったことが有るの?」
と聞くと、意味が通じないらしい、
「大人34元、子供17元」
朝から、お金を呉れ、と言う素振りも見せない子なのだが、お金の事ばかり言う。
やっと、質問の意味が通じる、なんと、一回も行ったことがないのだ。
無駄遣いついでに、一丁、連れていってやるか、と言う気になる。

しかし、リフトの方は一向に動く気配も無い。 また、写真を撮りに丘を一回りする。 
ここからでさえ、大里の眺望は凄い、頂上から眺望を期待すると胸が踊る。
やっと、動き出した、と、乗車券売場で、少年が呼び入れらる、
「そこに立って」
壁の一角に目盛りが付いている、身長を計っているのだ、
「あんたは100何十センチ有るから大人料金払いなさい」
その時の、男の子の、体中を捩っての、意外そうな、切なそうな、戸惑った顔は忘れられない。
何処かに、「何時の間にかそんなに背が伸びちゃったんだ?」の表情も浮かべている。
なんのかのして、二人は並んでリフトの人となる。

少年、これ以上無いはしゃぎ方だ。
下って来るリフトの客に一人一人、大声を上げ手を振り続ける。
30分も上がっただろうか、大理が一望の元にある、北門から南門、まるで地図を見ているようだ。



 


周囲は緑の畠が広がる、森という森はない。
その向こうにジカイが、恰も、大河のごとくに視野の左から右に横たわる。

中和寺の左右に良く整備された参道が何処までも続く、
少年は駆け出して行っては止まって私を待つ。
「何年生?」
「学校へは行ってない」
「父さん母さんは何してんの?」
「食べ物を売ってる」
「家は何処?」
「家は無い」
途端に寂しさが幼い顔を覆う。
服は汚れているが、さっき並んでトイレした時に、手をきちんと洗っていた。
売店で、何か食べようと誘ったが、頑として首を横に振る。
何回か駆け出しては立ち止まりしていたが、その内に見えなくなった。

売店で生きた大きな貝を料理して貰う、ビールを飲みながらの大理の眺望は、
あたかも、天国からの下界の眺めだ。






(完)


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