808
朝、李が変更したバスの切符を持って来た。
「今日は、納怕海草原へ行きましょう」
と腕を引っ張る。
余り気が進まなかったが、
「とっても良い所です、今日は一昨日よりましなタクシーです、往復45元」
重い腰を上げる。

シャンガリラから6K、広い谷間を縫って走ると、
周囲を山で囲まれた納怕海草原に出る。
どのようにしてこの様な地形が出来たのか不思議なくらいに真っ平だ、
多分、湖の跡だろう。
いろんな色彩の花が咲き乱れる。
澄み切った空気、周囲の山の向こうに白い山が頭を出している。



掘っ建て小屋の事務所に、馬子や売り子、旅行者も何人か居るが、
草原に出ると人影は疎らだ。
疎らと言っても、後楽園球場の100倍くらいのところに人間が数人、
そんな人間密度だろうか。





馬に乗る、一時間30元、馬の群れ、牛の群れの中を馬が進む。
幾ら進んでも向こうの麓の民家が豆粒にしか見えない。
草原に大の字になる、海の底にいるような錯覚に陥る。

小羊を連れた少女達がやって来て写真をせがむ。
こんなところでも、小遣い稼ぎが始っている、何枚撮っても2元。



碧塔海湖も今日の納怕海草原も日本のガイドブックにはまだ載ってないが、時間の問題だろう。















最近、昆明―シャンガリラ間の空路も開通して、昆明から一時間弱で来れる様になった。


夕方、曹と李が迎えに来た。
連れて行かれたのはチベット族の民家、二階の50畳位の大きな真四角の部屋、
周囲には椅子とテーブルがぐるりと並べられている。
「これから、パーテーが始ります、貴方の席は此処」と私を坐らせられる、
部屋の中央に人の二抱えもある太い柱、
一方の壁面の半分は仏壇、



その前に囲炉裏があり、
博物館で見るような大きな金属製の器が載っている。
高さが1M位、直径4、50cmの細長い器の上面に三つの口がある。

暫くすると、ドヤドヤと人が入って来て、三三五五、席に着く。
苗さんも、沢山の客を従えて入って来た。 どうも、観光用のパーテーの様だ。
何時の間にか、部屋が人で埋まる、100人は居る。

その中に日本語の話せる苟さんも交じっていて、
私を見付けると横に坐った。
「これはチベット族の歓迎パーテーさー、もっとも、観光用さー、一人15元ずつ取るんだからさー、
主催者はホクホクさー。 毎日毎日、客が絶えないさー」
一寸、「さー」の使い方が多いが流暢な日本語だ。
「何しろ人口15万人、市街地だと2、3万人のシャンガリラに、半年で82万人の旅行者が来るのですからさー、
ちなみにさー、市街地の人口7万人の麗江は半年で200万人、
昆明なんかさー、半年で800万人さー」

流石、ホテル経営者、数字がポンポン飛び出す。
「あなた知ってる、シャンガリラはさー、松茸が沢山取れるさー、
ここの市場の一日に取扱量は一日2、30トンあるさー、
みんな日本向けよー。 
だからさー、昔は只みたいだった松茸がさー、日本円でキロ2000円もするさー」

「一寸、部屋の中をご案内しましょう」
立ち上がった苟さんの後につく。

まず、部屋の中央の柱、
「これは日本で言う大黒柱さー、
この柱の太さで、その家の金持ち具合が判るさー」



次いで、囲炉裏、
「チベット族の民家には、どの家にも、この様な囲炉裏が有るさー、
此方側は女性が坐れないのよー」
と囲炉裏の奥側を指差す。
「そして、その席へ坐るのには、必ず、仏壇側から入るさー、これは絶対さー」
三つの口の有る容器、
「 この三つの器の二つには常にお湯が沸いているさー、
一つは神仏用、一つは人間用、もう一つは雑飯用さー、
人間の食べた残り物を此処に入れて、あとで馬や牛にやるさー。」
「上にぶら下がっているのは、チーズさー」

部屋の入口の近くの戸の無い押し入れのようなものの中の大きな銅製の容器、
「これは水瓶さー、この材質が鉄か銅かで、その家がお金持ちかどうか分かるさー」
「水甕の上に有る三つの柄杓、一つは神仏専用さー」

やがて、机の上が、チーズ、バター、果物、いろんなお菓子で一杯になる。
小さな白い陶器の杯も置かれている。



チベット族民族衣装を纏った娘さん達が、



シャンガリラ特産の青「禾偏に果」酒と呼ばれる白酒を注ぎ廻ると、
華やかな歌と踊りが始る。 



歌はソロあり、合唱もあり、踊りも多種多彩。



曹も民族衣装で接待に余念が無い、時々、私の方へ手を振る。

 

客は、白人は一人も居ない、全部中国人のようだ。 
中にはデジカメや小型のビデオを廻している人も居る、
香港、台湾、広東方面からの客だろう。
ともかく、騒がしい。
何組かが、それぞれ、白酒を注ぎ合っては、大声で、
「乾杯! 乾杯!」
苗さん達旅行社の人達が、
その一つ一つを間断無く巡り廻り、杯を捧げ何か歌って、
「乾杯!乾杯!」



よくあんなに飲めるものだと思うほどこれを繰り返す、
彼等はこれを毎日やっているのだ。
私と一緒の時は何時も余り飲まなかった訳が判った。

曹がボーイフレンド(男朋友の英語訳だが、こちらでは特別の関係の有る男友達、要するに恋人)を連れて来た。
知的で沈着、キビキビした好青年、
「昆明から、今日、シャンガリラに帰りました、失礼しました」
口数は少ないが、仲々切れそうでもある。
改めて、差し出された名刺を見ると、
彼が社長、あの苗さんが副社長、うまい取り合わせだ。

宴も終りに近づくと、皆、表に出て、焚き火の廻りを踊り出した。
日本の田舎祭り、フランスの田舎で見た祭りと全く同じだ。





最後に残った曹、曹の恋人、苗さん、苗さんの奥さん、李達と写真に収まる。
曹と二人が、ホテルまで送ってくれた。
曹は余りに純朴過ぎる、これから、
こんなめまぐるしい業界で巧くやって行けるだろうか?
一寸、そんな不安が頭の隅を過ぎる。


809
早朝、二人がバス駅まで送ってくれた。
昨夜は、あれから後始末やらで大変だったろうに...
「今度貴方がいらした時は、私が徳欽を案内します」
彼の言葉を背にバスは麗江に向けて出発、曹が何時までも手を振っている。
徳欽はシャンガリラから更にバスで5時間、周辺を6000mの山々に囲まれた、絶景地と聞く、
あの梅里雪山の麓だ。
今回はその5時間、往復10時間で諦めた。
ここまで来て心残りだが、また、その内にチャンスがあるだろう。
人生は永い。

帰りのバス、中年の如何にも頼もしそうな運チャンだ。
発車停車の度に前後左右を確認する、今度こそ安全運転のようだ。
去年は3時間も走ると、数台の転落車を見たが、
今年は殆ど見当たらない、なんて思っていたら、
マイクロバスが谷間に転がっている、でも見たのは、その1台だけだ。
道も良くなっている。
只、谷間をえぐるように走る道にガードレールはまだ無い。 
所々に大小の落石が、道の真ん中まで転がっている、
上を見上げると、山の中腹から鋭い崖崩れの後が何本かえぐられたままだ。
大草原から幾つか峠を越えて虎跳峡の街、
虎跳峡はここから車で小一時間のところにある。
「ここで昼食」
と言って、運チャンは食堂に入って行った。

去年、この虎跳峡見学ツアーの途中でバスの転落事故に遭遇し、
背骨の圧縮骨折で一ヶ月ほど麗江の病院に入院していた。
その時、麗江の旅行者に居た曹にお世話になったのだ。
退院して麗江を離れる時に、
まだ繋ぎきらない背骨を抑えながらここへやって来た。

虎跳峡、凄まじい。
5000M強の玉龍雪山の肩のあたりを
鉈で叩き割った様な1000Mもある絶壁を金沙江が切り裂く。
200M位の川幅が一挙に30M位に狭まった虎跳峡の烈流は見る者を圧倒する。
長江が中国大陸を横切る重要な交通機関で有ったのは四川まで、
舟も人馬も、魚さえもこの激流を通り抜ける事は出来ない。
長江が海に注ぐのは、ここからまだ、3000KMは有るだろう。

30分程して運チャンが戻って来た。
途中、事故の有ったのは確かこのあたりと、窓から目を凝らすが、
去年とは見違えるほど道が整備されていて、遂に見付からない。
去年3時間の道程が2時間に短縮されている。
もしかしたら、ここの道路改善、観光開発の一翼を私も担ったのかも知れない。

(完)

 

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